研究課題
基盤研究(B)
地球の表面を覆うプレート(リソスフェア)とその直下のアセノスフェアの境界(LAB)は、地球内部からの熱放出と物質輸送を支配してきた領域である。地震波観測によって、現在の海洋下LABは、海嶺から遠ざかるにつれて深くなり、古い海洋プレートでは上限深度60-80kmに達することがわかってきた。LABの深度が上限に達するのは、古いプレートからの熱流量とアセノスフェアの対流による熱流束が釣り合い定常状態になっているためであると考えられる。本研究では、この定常的熱流束均衡が上部マントルの熱状態とマントル物質の溶融条件によって決まるという仮説をLAB領域物質から温度・圧力履歴の情報を読み取ることで検証する。
「定常的リソスフェアーアセノスフェア境界(LAB)仮説」を検証するために北アメリカ大陸、コロラド高原に産する液相濃集元素に富む特異なマグマ(minette; Roden, 1981)によって地表に運ばれたマントルゼノリスを検討した。詳細な鉱物結晶中の元素分布(累帯構造)から、(1) ゼノリスがマグマに取り込まれる直前の圧力と温度条件として1.5GPa, 920-950°C、(2) 累帯構造内部にある化学組成の平坦部の化学組成を用いて~100年過去に遡った時点で、2-3GPa, 900-1150°C、さらに(3)ザクロ石の分解反応以前で、>3.5-4GPa, <1000-1200°Cと温度圧力が変化していることがわかった。これらからコロラド高原下リソスフェアが上昇したこと(Pederson et al., 2002等)、低圧の試料にのみ加熱記録があることがわかった。最深部由来で最も高温を記録しているゼノリスは他と異なりメルト成分に枯渇し、かんらん石がCr とAl に富む微少包有物を含むことからアセノスフェア由来であると考えられ,minette活動当時のLAB はその直下に位置しており、アセノスフェアはリソスフェアの上昇を伴いつつリソスフェア化したと考えられる。リソスフェア底部の温度勾配は、100K/GPaと極めて高く、2GPaより浅所由来のカンラン岩のみに加熱が記録されていることから、過去においてLAB近傍の加熱イベントがあり、その後にアセノスフェアの熱を輸送していた熱境界層であったと考えられる。以上のことから、コロラド高原下のLABはアセノスフェア物質の底付けによって加熱され薄くなり、それに引き続いて冷却することで厚くなったと考えられる。リソスフェアの厚さは120kmに達し、定常的LABである海洋リソスフェアの70-80kmより厚く、非定常的な熱状態にあることが推測される。
2: おおむね順調に進展している
コロナウイルス感染症の世界的拡大のため予定していた海外調査を実施する事ができなかったが、手持ちのコロラド高原産の岩石試料を用いてより高度な分析と解析を行ったため当初の目的をほぼ達成した。高度な分析では、デジタルマイクロスコープを用いて1mmスケール以下の微細組織と数cmスケール以上のマクロ構造を観察し、電子線微小領域分析装置(EPMA)を用いてμmスケールの元素分布を決定し両者を結合した。高倍率から低倍率の岩石画像を短時間で得る事ができるデジタルマイクロスコープによって幅広い空間スケールの組織をシームレスに把握でき、化学組成不均質をもたらした要因を正しくかつ容易に特定することが可能となっている。高度な解析では、こうして得られた分析データを数理計算アプリケーションを用い、粒界・粒内輸送を考慮した拡散反応モデルを適用して解析した。
これまで東北日本弧の一ノ目潟と北アメリカのコロラド高原に産するゼノリスの分析・解析を進めてきた。一ノ目潟ではリソスフェアの~60kmまでの厚化の後に~40kmまでの薄化がおきていて、コロラド高原ではリソスフェアの加熱による薄化の後に~120kmまでの厚化が起きていることがわかり、両者ともに非定常的な熱状態、すなわち70-80kmの深さにあると考えられる定常的なリソスフェアーアセノスフェア境界(LAB)に対照的に漸近した後に対照的に乖離していく状態にあることがわかった。今後はこの挙動の要因の解明を行うと同時に、定常的なLABにもっと漸近した可能性のある地域としてモロッコの中アトラス山脈のマントルゼノリスとそのホストマグマの研究を展開する予定である。
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