研究実績の概要 |
前年度までに、発生早期大脳が背腹軸に沿った領域形成を行う段階において、領域を誘導するモルフォゲンの発現パターンの形成にエピジェネティック制御因子であるポリコーム群タンパク質複合体 (PcG) を介した制御が必須であることを発見し、その過程で背側誘導モルフォゲンであるBMP, Wnt経路のリガンド遺伝子の発現をPcGが抑制する可能性を見出した。 BMP, Wntリガンド遺伝子は背側正中領域に限局して発現するため、領域間でPcGによる抑制状態が異なる可能性が考えられた。H3K27me3 (PcGを構成する複合体PRC2によるヒストン修飾), Ring1B (PcGを構成する複合体PRC1の必須構成因子) のゲノム上の分布量を解析した結果、リガンド遺伝子Bmp4, Wnt8bの遺伝子座において、背側、腹側の神経幹細胞と比較して背側正中領域の神経幹細胞では分布量が少なかった。従って、PcGによる領域特異的な抑制がBmp4, Wnt8bの背側正中領域に限局した発現に重要である可能性を見出した。 また、Ring1の欠損によるBmp4, Wnt8bの発現パターンの変化をin situハイブリダイゼーション法で評価した結果、正常型の大脳では背側正中領域にシグナルが限局した一方、Ring1欠損大脳では腹側領域までシグナル陽性領域が拡大していた。従って、Ring1がBmp4, Wnt8bの発現パターンの制御に必須であることを示した。 さらに、PcGが背腹領域情報の形成後の維持の段階にも貢献する可能性を検証した。Ring1を薬剤依存的に欠損するマウス胎仔の大脳背側領域の神経幹細胞を初代培養し、Ring1の欠損と同時にBMP経路を活性化させた。その結果、培養早期では領域特異的遺伝子がRing1欠損非依存的に発現誘導された一方で、より後期では発現誘導量はRing1の欠損に依存的だった。従って、領域特異的遺伝子の発現がPcG非依存的な許容状態からPcG依存的な抑制状態に転換する可能性が示唆された。
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