研究課題/領域番号 |
20K00098
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分01040:思想史関連
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
早瀬 篤 京都大学, 文学研究科, 准教授 (70826768)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
3,640千円 (直接経費: 2,800千円、間接経費: 840千円)
2023年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2022年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2021年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2020年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
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キーワード | プラトン / 形而上学 / 真実在説 / 『パイドン』 / 『クラテュロス』 / イデア論 / パイドン / 形相原因説 / 国家 / 三本の指 / アリストテレス / 問答法 |
研究開始時の研究の概要 |
私はこれまでの研究で、プラトン哲学の中核は、アリストテレスの報告に由来する「イデア論」ではなく、むしろ「真実在説」と呼ぶべきものだという仮説を提案している。本研究はこの仮説にもとづいてプラトン哲学の全体像を再考察する。これまでプラトン研究では、プラトンは初期にソクラテスの哲学探究を描写し、中期に独自思想「イデア論」を提示したという「発展主義解釈」が支配的だったが、近年、プラトンは初期ですでに独自思想を提示しているという「新統一主義解釈」という立場が提案された。本研究は、「真実在説」仮説が「新統一主義解釈」に確固たる根拠を与えることを論証し、新しいプラトン哲学像を提示することを目指す。
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研究実績の概要 |
本年度は二つの研究を行った。ひとつ目は、昨年度に行ったプラトンの対話篇『パイドン』200b1-102a10における「形相原因説」の意味と役割の研究に仕上げを施したことであり、それを論文「プラトン『パイドン』における形相原因説」を『哲學研究』608号に発表した。従来学者たちは、アリストテレスの報告に依拠して、プラトンは「超越的イデア論」を発案したと考え、ここでイデアが原因として提示されると理解してきた。しかし彼らは二つの陣営に分かれ、互いに深刻な諸問題を指摘し、それらを解決できないでいる。私はプラトンのテクストに立ち戻り、「形相」は①それ自体でも、②諸事物のうちにも存在し、ここで原因とされるのは①と②の両方を含む「形相」であることを論証した。この論文は対話篇『パイドン』に関して、プラトンの形而上学説をイデア論ではなく、真実在説として解釈すべきことを論証する試みである。本年度はこの論文に関して国内の研究者と意見交換も行った。 二つ目は、対話篇『クラテュロス』(以下Cra.)における「名前制定術の手続き」(424a7-425b5)の研究を行った。この研究は、プラトンの「総合と分割の方法」の研究の一部である。従来、多くの学者たちは、総合と分割の方法とは超越的イデアの相互関係を調べる方法であると理解してきた。それに対して私は、これまでの研究から、この方法を②諸事物のうちに存在する形相の研究を通じて、最終的に①それ自体で存在する形相(=真実在)を把握するための方法として解釈すべきだと考えている。総合と分割の方法が最初に適用されるのはCra.の該当箇所であるが、この箇所はプラトン形而上学の研究では無視されがちだった。私は、この箇所を『パイドロス』における総合と分割の方法の適用箇所と比較することで、従来の解釈では理解されていなかった「名前制定術の手続き」の詳細が明らかになることを究明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
昨年度末の見通しでは、年度半ば頃にCra.の「名前制定術の手続き」の論文を完成させて、『ソピステス』と『ポリティコス』の総合と分割の方法の研究に移る予定だった。実際にCra.の該当箇所に関しては予定通り研究を進めたと考えている。しかしその過程でこの研究をCra.全体の研究からうまく切り離せないことが判明した。なぜなら、近年のCra.の代表的な研究書であるSedley(2003)とAdemollo(2011)は、それぞれ異なる仕方であるが、どちらも対話篇全体の理解にもとづいて、「名前制定術の手続き」には深刻な欠陥があり、プラトンはこれに関与しないと主張するからだ。(これは、それ以前の代表的研究書Baxter(1994)やBarney(2001)が、プラトンが関与すると見做すのと対照的である。)私自身は今年度の研究で「名前制定術の手続き」を『パイドロス』における総合と分割の方法の適用箇所と相補的に理解すべきことを確認できたと考える。しかしSedley やAdemolloが正しいならば、私はプラトンが関与しない方法が関与する方法と相補的になっていると解釈していることになる。 以上の理由から「名前制定術の手続き」に絞って研究することをいったん断念し、遠回りだが、先にプラトンがこの手続きに関与するのかという問題に取り組むことに決めた。この問題はCra.における「名前の正しさに関してソクラテスはどんな立場をとるのか」という主要問題と切り離せないために、必要な範囲でこの主要問題にも取り組むことになる。 この他に、2020年度の前半に新型コロナウィルス禍の影響で研究の進捗が遅れてしまい、それを取り戻せてはいない。したがって、当初の研究計画からは進捗は遅れている。しかし本研究が取り組んでいるのは、西洋哲学史の最重要問題のひとつであり、ゆっくりでも慎重確実に進めていく必要があると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
本研究の最終年度となる来年度の研究では、Cra.における「名前制定術の手続き」にプラトンが関与していることを論証し、今年度行った研究を完成させることを直接の目的とする。しかしそのために必要なこととして対話篇Cra.全体の理解に関わる重要問題、つまり「名前の正しさ」に関するソクラテスの立場を解明するという問題に取り組まなければならない。 AdemolloによるCra.の包括的研究は、この重要問題に関して彼以前の代表的解釈の立場を転覆させるような大胆な解釈を提示しながらも、現時点でCra.研究に関する最も強い影響力をもつ。2021年に出版されたPeter Staudacherの研究書(Platon Kratylos)や2022年のVladimir Mike編集の論文集(Plato’s Cratylus)においても、Ademollo解釈の影響力は明白であり、かなりの懐疑的態度をとる学者もいるが、彼の議論に対抗できるだけの議論を提示できていない。他方で、彼のCra.解釈はプラトン形而上学に関する「イデア内在解釈」に依拠しているが、私はこの解釈が成立しないことをこれまでの研究で究明してきた。そこで、本研究はこの点を足がかりにして、Ademolloの研究を詳細に検討することで、Cra.全体を通じての重要問題に関しても別の解釈を提示できないか考察することに当てたい。 その他の膨大な二次文献も詳細に吟味した上で、この「名前の正しさ」に関するソクラテスの立場の解明という問題に関する研究を論文にまとめたい。これは英語論文として書き上げて、年度中に投稿することを試みたい。さらに、その成果と組み合わせることで、今年度に遂行したCra.における「名前制定術の手続き」に関する研究を完成させ、こちらは国内の学会で発表し、国内の学術雑誌に投稿する予定である。
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