研究課題/領域番号 |
20K00384
|
研究種目 |
基盤研究(C)
|
配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分02030:英文学および英語圏文学関連
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
阿部 公彦 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 教授 (30242077)
|
研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
|
研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
|
配分額 *注記 |
4,550千円 (直接経費: 3,500千円、間接経費: 1,050千円)
2024年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2023年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2022年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2021年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2020年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
|
キーワード | 言語運用能力 / 英文学 / 日本文学 / 事務 / 共感 / 他者性 / 形式 / 聞く / 英語 / 日本語 / 文学 / 言語運用 / コミュニケーション |
研究開始時の研究の概要 |
本研究では18世紀から20世紀の英米および日本の文学作品の中で、広い意味での「言語運用能力」(「対話能力」、「認知的な能力」など含む)がどのように表象されてきたかを解明する。とくに焦点をあてるのは、言語活動における「注意」や「共感」といった機能の役割である。研究では人物造形やその行動描写に反映された言語運用能力だけでなく、語りのスタイル、語り手と聞き手の関係性にも注目し、その言語観を読み解いていく。 AI技術の進展や、遺伝子工学の急速な発達は私たちにあらためて「人間とは何か」という問いをつきつける。言語運用に焦点をあて、こうした問いに答えるためのヒントを得られればと筆者は考えている。
|
研究実績の概要 |
本研究で扱ってきたのは、近代社会の中で言語規範をめぐる意識がどう変化したかという問題だった。どの程度の変化が起き、その要因は何だったのか、またメディア装置の使用がそこに関係したのかにも目を向けてきた。文学作品の検分に力を入れることで、これまでにない発見もあった。 令和5年度は前年にひきつづき、英米文学および日本文学の作品中に、どのような形で形式主義的でしばしば「事務的」というふうに非難されるスタイルが取り入れられているかの調査をすすめた。対象として扱ったのは前年にひきつづいてチャールズ・ディケンズの『荒涼館』やトマス・ハーディの『テス』『カスターブリッジの市長』といった作品に加え、三島由紀夫の小説や評論であった。また裁判や官庁交付の資料なども重要な参考資料として分析の対象としている。本年も引き続き、言語運用能力における感情表現の問題に注目し、抒情詩などを通した感情表現とは異なる、「事務的」な文書に潜む感情の威力のようなものを調査した。 本年度は昨年度に切り口をつけた言葉の「温度」と「断片性」の問題解明に継続的に取り組んでいる。「盗み聞き」や「漏れ聞こえ」などについての調査も継続的に行っている。このことを通し、視覚情報と聴覚情報の均衡についても研究が進んだ。。 成果物としては、『事務に踊る人々』と『文章は「形」から読む』という書籍の刊行があげられる。これらは令和5年度に書籍として刊行された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
令和5年度に目標としたのは、文学作品の中にどのように形式的事務的言語が活用されているか、そのことが社会における言語運用能力の問題とどのように接続しているかなどを確認することだった。このあたりの調査・考察を通し、文学だけではなく「事務」が社会の中で果たした特有の心理的な意味合いを明らかにできればと考えたのである。すでに令和4年度の段階から言語運用能力と事務処理とを関連づけることで大きな成果をあげつつあったが、本年度は学会発表などを通し広く成果を公表することができた。前年に引き続き、権力と言語の関係や、制度と日常性の関係についてさまざまな指摘を行うこともできた。言語運用能力の機能については、「kotoba」という雑誌で行った「日本語<深読み>のススメ」を『文章は「形」から読む』という書籍の形で公表することができた。 前年度は新型コロナウィルスワクチン接種の注意書き、東京大学総長の告示、料理のレシピーなど、従来事務文書とされてきたものの文言と、太宰治、川端康成、谷崎潤一郎らの作家の文学テクストとの間に見られる共通点から、言語運用能力全体について私たちが縛られている規範を明らかにしたが、令和5年度はすでに進めている小説の文体の分析をさらに精緻化し、たとえば前年扱った夏目漱石の「坊っちゃん」に続いて『心』なども扱った。前年度、「素性」という観点を立てることで、読者がどのように文章の情報を得ていくか、そのプロセスを明らかにしたが、このことによって表現する側がいかに読者との距離の調節をするかも解明される。
|
今後の研究の推進方策 |
上記で述べたように令和6年度も令和2年度、令和3年度、令和4年度、令和5年度同様、「主人公のリテラシー」「人物たちが文学作品などに親しんでいるか」「言語運用能力と事務」といった点を念入りに調査しつづける。こうした精読の努力を通し、事務的文書と文学テクストとの間に抜きがたくあるものを明確に言語化するとともに、それらをもとに私たちが言語運用能力をどのようにして身につけているかを、より明瞭な形で議論の俎上に載せ本研究にまとまりをつけたい。これまでの研究でキーワードとなってきた「共感」や「反発」といった要素に対し、「公正性」という概念についても精査する必要があると考えている。 前年にも探究を進めたが、今、社会問題になっているのは、言葉の持つ攻撃性、加害性の問題だった。これらに共通してある言葉と暴力を考えていくと、そこにあるのは単に独立したメッセージだけではなく、「文脈」なのであり、その文脈をどう読むかで暴力の発生度合いも大きく変わるということであった。「何を言ったか」だけでは処理できないことをあらためて文脈の中に置き直すことは、言葉が本然的に持っている断片性にあらためて注目するということでもある。言語の運用にあたってこうした要素を議論に組み込むことが常に重要であるかということを確認し、こうした研究が社会問題の解決にもつながることを強調する。 そういうわけで令和6年度はこれまで行ってきた連載をまとめて刊行した書籍を元にして他の研究者との交流や意見交換の場を増やしていければと思っている。
|