研究課題/領域番号 |
20K00436
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分02030:英文学および英語圏文学関連
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
川本 玲子 一橋大学, 大学院言語社会研究科, 教授 (60345460)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
2,730千円 (直接経費: 2,100千円、間接経費: 630千円)
2022年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2021年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2020年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
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キーワード | 物語論 / 小説 / 認知 / 印象 / イギリス文学 / フォード・マドックス・フォード / 野矢茂樹 / 語り手 / ナラティブ / 認知物語論 / 構造主義的物語論 / ASD / ジェラール・ジュネット / 視点 / 小説論 / 共感 / 20世紀英語小説 |
研究開始時の研究の概要 |
昨今の物語論は、認知心理学や脳科学などの学際的な知見を援用しつつ、旧来の構造主義的物語論による分析手法を発展させて、多様な小説テクストについて新たな解釈の可能性をもたらしている。本研究では、近年その重要性が見直されているフォード・マドックス・フォードの『パレードの終わり』を題材に、少数ながら存在する認知系のフォード論に、哲学者である野矢茂樹の理論を導入することで、独自の切り口で貢献することを目指す。
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研究実績の概要 |
本研究の目的は、英国の作家フォード・マドックス・フォード(1873‐1939)が『善き兵士』において実験的に用いた小説の技巧が、その代表作『パレーズ・エンド』4部作において、いかに作者の成熟した人生観と結びつく形で発展させられたかを、フォードの小説論や伝記、書簡などを手がかりに解明することにある。その際、語りの視点と共感の関係を探る認知物語理論と野矢茂樹の眺望論・相貌論を参照し、フォードの考えた、人間の生き方と他者との関わり方を示すものとしての小説の役割についても探究する。 2021年度、2022年度は、ジェラール・ジュネットによる構造主義的小説分析の限界について考察し、また90年代以降の「新古典」物語論のうち、特に認知科学的アプローチの有効性を検討した。その成果は平凡社から刊行予定の『文学批評の名著50』(刊行時期未定)所収のジュネット『物語のディスクール』(1972)の項、および中井 亜佐子他編著『《言語社会》を想像する』(小鳥遊書房、2022年)所収「心のしくみ、しくむ心ーーー認知と物語を考える」にそれぞれまとめた。 2023年度前半には、身体性認知物語論(embodied cognitive narratology)の理論を参照しながら、小説における語りと視点の問題を掘り下げた。また同年度後半には、フォードが実践した文学的印象主義の手法と主題を調査するとともに、人物や出来事を含むものごとの<印象>の表象を、フォードの『善き兵士』と『パレーズ・エンド』のみならず、ヘンリー・ジェイムズ、ジーン・リース、ヘミングウェイらフォードの周囲の作家たちが自身の作品に登場させた<フォードらしき人物>の人物像とあわせて考察した(2024年6月実施の日本英文学会関東支部大会イギリス部門シンポジウムにて発表予定)。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度から2022年度にかけては新型コロナウィルスの影響で海外渡航が困難であったが、2023年夏はハーバード大学ホートン図書館にてフォード、ジョゼフ・コンラッド、ヴァージニア・ウルフ、ヘンリー・ジェイムズらの書簡を閲覧し、これらの作家の交友関係の形跡と互いの評価についての調査を行った。 しかし調査時間の不足により、コーネル大学図書館における、フォードの草稿や書簡などを多数収録したフォード・コレクションの調査は延期となった。 また、この間、小説の虚構世界の分析に野矢茂樹の眺望論・相貌論を援用するための理論的な根拠づけに苦心してきた。野矢の<無視点的眺望>と<有視点的眺望>の概念は、小説における人称と視点の問題整理に役立つ。しかし、現実における他者の心へのアクセス方法を探るという哲学的試みを、虚構的世界を把握し、虚構的人物の心情を斟酌するという文学的試みを並べて論じるには、野矢の概念のなかでも扱いの難しい<相貌>を接続点にする必要があると思われる。当然ながら、小説テクスト内には客観的に把握可能な世界があるわけではないが、あくまでも現実における他我問題を扱う野矢の哲学をあえて応用することで、全知の語りや視点人物といった小説研究の概念のみならず、野矢の<相貌>の概念もより鮮明化するのではないかと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
フォードはその小説的印象主義論において、フローベール、ジェイムズ、コンラッドらが発展させてきた小説的手法と主題についての見解を示すとともに、自身の小説でこれを実践しているが、フォードが何より関心を持ったのは、人物の印象、および人間的な<affair>の印象であった。 野矢においては、個人がある対象をとらえるとき、その対象の<知覚的眺望>に重なる形で、その人が自身の経験や記憶をもって対象に見出す意味、すなわち対象の<相貌>が立ち現れる。多くのモダニズム小説は、視点人物の意識に映る世界の相貌を捉えようとする。たとえば信頼できない一人称の語り手を持つ小説の読者は、その人物の認知・知識の歪みや偏り、理解力の欠如を勘案し、物語内の「現実」を把握しようとする。フォードの『善き兵士』ではその過程自体が前景化され、他者の本質を知り、物語の真実を特定することの不可能性が強調される。しかし、フォードが第一次世界大戦での従軍を経て手掛けた『パレーズ・エンド』は、他者からの偏見や誤解に翻弄される主人公を描くが、相容れない多様な印象の集積としての人物像は、他者の不可知性の根拠となるのではなく、人々が互いに互いを映し合い、そうすることで自らも厚みを増していくような人間関係のあり方を示しているように思われる。 2024年夏にはコーネル大学図書館フォード・コレクションを閲覧し、各作品を手掛けた際のフォードの状況や心情についての情報を多く得たいと考えている。フォードとその周囲の人間の書簡等を通じて、フォード自身の定まらない人物評を考察し、また『パレーズ・エンド』に結実したフォードの理想の小説観を明らかにしていきたい。
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