研究実績の概要 |
Huddleston and Pullum (2002)では,複数の助動詞を伴う倒置文の特性に関して,i)主語が文末に後置される現象及びii)主語と助動詞の倒置が関わる現象との類似性が指摘されている。しかしながら,主語が文末にあることから主語の後置との類似性があるとの指摘とともに,主語と助動詞の倒置との類似性もあるとの指摘がなされているが,主語と助動詞の倒置が関わる倒置文と主語と助動詞の倒置とは異なる仕組みが関わる複数の助動詞を伴う倒置文の特性を捉えることができていない。主語と助動詞の倒置が派生に関わらない倒置文,すなわち,複数の助動詞に主語が後続する倒置文の特性に対する Culicover and Winkler 2008の観察と分析を概観し,Emonds 1976, Wood 2008, Kim 2010, Park 2012, Brueing 2015, LaCara 2015, Honda 2022等の分析との比較を通じて,複数の助動詞を伴う倒置文の特性は,次の(1)のようにまとめることができることを指摘した。(1) a. 主語が複数の助動詞に後続するとき,主語には対照強勢が置かれる。(Culicover and Winkler 2008, Kim 2010, LaCara 2015, Honda 2022) b. 複数の助動詞に後続する主語は動詞句内にある。(Culicover and Winkler 2008, Samko 2014, LaCara 2015, Maeda 2021) c. 主語に後続する位置に動詞句あるいはその一部が生じることがある。(Culicover and Winkler 2008, Wood 2008,Kim 2010,Park 2012,Honda 2022) 本研究から,以下の3点が明らかになった。(1a)から,旧情報を担う代名詞が複数の助動詞に後続する位置に生じることはない (Emonds 1976, Culicover and Winkler 2008, Honda 2022)。(1b)から,複数の助動詞に後続する主語は,i)通常の主語位置SpecTP,あるいはii)重名詞句転移や外置の適用によるTPへの付加位置に生起するのではない。(1c)から,Merchant 2003やMaeda 2021とは異なり,動詞句削除は随意的であり,義務的に適用されることはない。
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