研究課題/領域番号 |
20K01246
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分05010:基礎法学関連
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
松尾 弘 慶應義塾大学, 法務研究科(三田), 教授 (50229431)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
4,420千円 (直接経費: 3,400千円、間接経費: 1,020千円)
2024年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2023年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2022年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2021年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2020年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
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キーワード | 開発法学 / 法整備支援 / 法の支配 / 法遵守の文化 / 法整備支援のパラドクス / 包摂的法整備支援 / 計画的・体系的法整備支援 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究は,開発途上国における法・司法制度の整備および裁判官・検察官等の法曹の養成 に向けた国際協力(以下,法整備支援という)が,法の支配(the rule of law)の進展に効果的に寄与せず,支援側および被支援国の条件次第では,法整備支援の結果かえって法の支配を停滞または後退させてしまう現象(以下,法整備支援のパラドクスという)が生じている事態に着目する。そして,法整備支援のパラドクスの発生原因について分析し,それを踏まえ,パラドクスの解消に向けて必要かつ有用と考えられる方策について,各国の政治・経済の発展プロセスと法整備の動態との関係に留意しつつ,開発法学の観点から考察する。
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研究実績の概要 |
研究計画に従い,2022年度はミャンマーに焦点を当てて考察を行った。ミャンマーは,2008年憲法に基づき,2010年11月に総選挙を実施し,2011年1月に連邦議会が開幕して,民政に移行したことにより,2010年代から急速に外国投資が増大し,経済開発が進んだ。それに伴い,民主派の政治勢力も拡大したことにより,国軍関係者が深く関与する政治・経済組織との軋轢を強める結果となり,2021年2月,国軍関係者が2020年10月の選挙における不公正(選挙権を与えられなかった者,選挙が実施されなかった選挙区の存在)による無効を主張して,民主派による政権掌握に異を唱え,軍政を敷くこととなった。その後,多くの外国資本が投資を引き上げ,国内生産も影響を受け,市民生活にも大きな影響が生じている。こうした中,ミャンマーにおける法の支配は後退し,World Justice ProjectによるRule of Law Indexをみても,0.42(2019年),0.42(2020年),0.39(2021年),0.36(2022年)と顕著に低下している。評価指標の構成項目中では,政府権力の制約,政府情報の公開,基本的権利の保障,秩序と安全の評価が特に低下している。 これまでミャンマーに対する法整備支援は,知的財産法,会社法,裁判外紛争解決等に焦点を当てて継続されてきたが,市民の基本的権利の保護・実現に関する法分野,特に土地登記簿や民事訴訟法・民事執行法の整備による不動産の所有権,利用権,担保権の保護・実現の分野には十分に及んでいなかった。その結果,不透明かつ非効率な取引が改善されず,不安定な法的基盤を存続させてきたことも,秩序と安全の脆弱性に通じる面があるものと考えられる。こうした支援の帰結も,法整備支援におけるパラドクスの一形態として,法整備支援の方法を再考するうえで,重要な題材を提供している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画に従い,これまでカンボジア,ベトナム,ミャンマーを対象にして,法改革と法整備支援の現状を確認し,各国における法整備支援のパラドクスの発生状況を考察してきた。 カンボジアでは,1990年代からの法整備支援の継続にもかかわらず,法の支配指標は,2000年代以降悪化し,その後2010年代から2020年に至るまで,停滞を続けている。 一方,同じく1990年代から法整備支援が継続されてきたベトナムでは,2000年代には法の支配指標の顕著な改善がみられ,対照的な差異が見出された。しかし,2015年以降は,2021年に至ってもなお,法の支配の進展が鈍ったままとなっている傾向が続いていた。 これらと対比すると,カンボジア,ベトナムからはやや遅れながらも,2000年代から法整備支援が行われてきたミャンマーでは,2010年代の民主化がその成果とも捉えられ,特に外国投資を促すことによる経済開発のための法分野に力点が置かれ,金融システム,会社法,知的財産法,裁判外紛争解決等に対する法整備支援が強化された。しかしながら,そうした法整備支援の方法により,市民の基本的な権利を保護・実現するために必要な民法,不動産登記法,民事訴訟法,民事執行法等の改革が放置される結果となり,不透明かつ非効率な法的インフラが存続し,社会の最も基礎的な制度の改革がされないまま,脆弱な社会基盤を温存させてきた。このことは,法の支配の評価指標の低下にも明らかに表れている。こうした帰結も,法整備支援におけるパラドクスの一形態とみることができる。 このようにカンボジア,ベトナム,ミャンマーでは,各国に特有の事情から,独特な形態における法整備支援のパラドクスを見出すことができる。そこで,今後は,そうした様々な形態のパラドクスを生じさせている理由を探求し,整理したうえで,法整備支援における法分野の順序,ペース,方法を再検討する。
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今後の研究の推進方策 |
2023年度は,これまで検討したカンボジア,ベトナム等のフランスによる植民地支配を受けたインドシナ諸国,イギリスの植民地支配を受けたミャンマー等と異なり,オランダの植民地支配を受け,大陸法の影響を受けながらも,慣習法の伝統を意識的に維持し,かつイスラム教の影響も浸透しているインドネシアを取り上げる。 その際には,まず,法の支配の進展度が漸進ないし停滞しているという評価の当否およびその理由について,評価指標の構成項目ごとに,慣習法の広範な承認,旧植民地時代のままの制定法(オランダ語)の残存,それを前提とする司法制度の機能障害等に着目して分析する。 ついで,インドネシアに対する現代の法整備支援の特色について,国際機関,外国政府,NGO等の支援機関ごとに,インドネシア側のカウンターパートの限定性,プロジェクトの内容における非公式司法制度の重視と公式司法制度の機能不全,応用的法分野への集中と基礎的法分野の整備の遅れと実効性の弱さ等について個別的に分析し,パラドクスの存在とその理由を考察する。
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