研究課題/領域番号 |
20K01302
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分05020:公法学関連
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
川岸 令和 早稲田大学, 政治経済学術院, 教授 (10224742)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2023-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2020年度)
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配分額 *注記 |
2,860千円 (直接経費: 2,200千円、間接経費: 660千円)
2022年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2021年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2020年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
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キーワード | 表現の自由 / プレスの自由 / 虚偽情報 / 熟議 / ポスト真実 / 情報の自由 / 熟議デモクラシー / フェイクニュース |
研究開始時の研究の概要 |
研究は、ポスト真実時代に討議され熟慮された意見が社会的意思決定の基礎とされる公共空間の形成を理論的かつ実践的に構想することを目的としている。近時世界的に、自己の嗜好や信条に合わない情報をフェイクとして斥けるポスト真実状況の広がりが顕在化しており、公共の意思決定における熟議の重要性を改めて認識させている。だがこの状況は表現の自由の伝統的な捉え方の帰結でもある。そこで、まず虚偽表現についての憲法上の位置づけを再検討する。その上で、情報の自由な流通の副作用を緩和し、氾濫する情報に意味づけを与える独立したプレスの存在に着目した制度的仕組みを構想する。
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研究実績の概要 |
本研究は、ポスト真実時代に討議され熟慮された意見が社会的意思決定の基礎とされる公共空間の形成を理論的かつ実践的に構想することを目的としている。東日本大震災および原発事故をめぐる混乱、アメリカ合衆国でのトランプ大統領の政権運営などは、一方で、自由で豊富な情報の流通の必要性を痛感させるとともに、他方で、自己の嗜好や信条に合わない情報をフェイクとして斥けるポスト真実状況の広がりを顕在化させている。 こうした状況は表現の自由の伝統的な捉え方の帰結でもあるので、その意味合いの解明を試みている。その捉え方では、一部の例外を除き、思想の自由市場論を中心に据え、誤った思想はないとして、虚偽表現に特別な意義を見出さず、様々な思想や意見の自由な交換を通じて、誤った表現は淘汰・修正されていくと想定されているのである。そこには立憲民主主義体制を支える普通の市民が合理的に判断できるという前提がある。だが、今日の具体的な状況の中で、この前提が実際に機能する条件こそが明確にされる必要があり、その作業に着手した。 まず虚偽表現の憲法上の位置づけを再検討している。2019年は表現の自由が今日的な保障形態をとるに至った嚆矢の年から百年であり、その一世紀の軌跡を跡づけることを試みている。また、表現の自由は、技術依存的であるので、伝達技術の展開にも留意している。特にSNSが一般化した今日、普通の市民が影響力ある表現主体となり得ることで、表現の自由の伝統的な理解にどのような変化をもたらしているのか本格的に考察し始めている。リツイートをめぐる、表現の自由と名誉毀損や著作者人格権との牴触にかかる日本の最近の判例を分析した。さらに、こうした状況は知る権利とも密接に関連するので、知る権利論の現況を考察した。憲法上の権利としての知る権利は、制定法上の知る権利と共鳴して、間隙を埋めるための指導理念を提示しうることを論じた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2020年度は、新型コロナウイルス感染症拡大で緊急事態が宣言され、大学も閉鎖され、通常の業務のあり方が抜本的に変更を余儀なくされ、当該研究の遂行にも大いに影響を及ぼした。そうした制限的な状況の中でなか、ビッグ・データ時代の知る権利について考察ができたのは、幸いであった。そこでは、知る権利にも憲法上の権利と制定法上の権利とがあり、両者は共鳴し合い機能し、現行の情報公開法を超える視点は、憲法の解釈から生まれることになることを示した。しかしそれは同時に、社会全体の透明性・オープン化とも深く連動しており、何を知り、何を知らなくてよいのかの社会的合意の形成が不可欠であることを指摘した。 また、体調を崩し、2020年秋以降入退院を繰り返し、研究に充てる時間が大幅に制約された。こうした状況に対応すべく、態勢を立て直し、巻き返しを図った。そうして、アメリカの表現の自由の保障をめぐる歴史的考察を開始することができた。その考察を通じて、表現の自由の社会効用的正当化の視点が欠かせないことを改めて認識できた。また日本の裁判所が新しいコミュニケーション技術状況に適応調整できているのか検討を始めることができた。 なお、海外への研究出張が当面できないであろうから、その部分の研究計画の修正が必要となる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究では、まず、①虚偽表現の憲法上の位置づけを再検討する。次に、②表現の自由の保障に伴う不可避的な一定の虚偽や不正確な情報の流通という弊害を緩和すべく、プレスの自由のあり方に着目する。さらに、③伝統的メディアとインターネットとの関係性に重大な関心を寄せる。ポスト真実状況は、新興メディアによる伝統的メディアへの批判の産物でもある。そこで、多元的で独立したプレスが総体として、市民に様々な情報・見解を社会的意味づけと共に提供し熟議を促進させ、市民の間に討議され熟慮された意見が広く共有される公共空間の創成に寄与できる条件を考察する。 ①の分野では、J. Milton, J.S. Mill, I. Kant, F. Nietzsche, J. Habermasら思想家の議論を読み直すとともに、主にSullivan判決やAlvarez判決等の合衆国最高裁判例を徹底して再検証し、ポスト真実状況は表現の自由の嫡流にあることを明らかにする。②の分野では、独立したプレスの存在によって、市民は、虚偽や不正確な情報が氾濫する状況下、自己の専門性に限界があるなかで情報の意味づけを得ることができるとの視座から、政治の介入と市場の圧力に抗しうるプレスの独立性と多元性を確保するための方策を具体的に検討する。所有者・編集者・個々のジャーナリストというプレスの構成に留意しつつ、その三者関係を公共の討議の促進という規範的観点から探求する。また独立性確保の工夫としての自主的紛争解決機関の実践にも注目する。日本特有の制度である記者クラブについては批判的に考察することになる。③の分野では、まず何よりも、社会に基幹的な情報を享受する個人の基本的な権利の理論化に務めたい。これら3つは相互に関連し合うので、それぞれに順次研究を深化させ、最終的には統合を図る。
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