研究課題/領域番号 |
20K03928
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分15010:素粒子、原子核、宇宙線および宇宙物理に関連する理論
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
田中 貴浩 京都大学, 理学研究科, 教授 (40281117)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2022年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2021年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2020年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
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キーワード | 宇宙物理 / インフレーション / 赤外発散 / 量子揺らぎ / デコヒーレンス |
研究開始時の研究の概要 |
標準宇宙論となっているインフレーションモデルにおける原始ゆらぎの計算にはループ補正における長波長モードからの寄与による赤外発散が存在する。本研究の目的は、赤外発散が観測量に与える影響を明らかにし、インフレーションモデルの基礎付けを明確にすることである。このために、 1)「大きなゲージ変換」と赤外発散の関係を明らかにし、宇宙論的摂動論における長波長モードが関与する現象の統一的理解を確立する。そのことを通じて、赤外発散の理解をより高いレベルに引き上げる。 2)ストカスティックアプローチを用いて、ループ補正に現れる赤外発散問題の確率的解釈に基づく、赤外発散のない有限な観測量の推定法を確立する。
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研究実績の概要 |
本年度は、浦川氏と共同で一般化されたδNフォーマリズムを用いて、重力波を含む全ての大きなスケールの揺らぎを、背景となる均質な宇宙の進化を解くだけで計算できることを実際の例で示すレター論文を執筆した。大域的な3次元座標変換に対するネーターの電荷密度を用いて、ゆらぎのスケールがホライズンスケールになる時期の初期揺らぎからインフレーション終了時までの間の重力波ゆらぎの成長を記述するマッピングを与える解析公式を導出した。この式は、背景が異方的なインフレーションモデルにも適用できる汎用性の高いものである。なお、論文はすでにPhys. Rev. Lett.誌に掲載決定となっている。 次に、Shi Pi氏、Danilo Artigas氏と共同で、極スローロールインフレーション模型における長波長ゆらぎの時間発展が、δNフォーマリズムで記述できることを見出した。これについては論文を執筆中である。通常、一般相対論では長波長モードのダイナミクスは独立な一様等方時空によって近似できるものと考えられている。しかし、近年、極スローロールインフレーション模型では空間微分の高次項が主要な寄与を与える場合があることが指摘されて話題になっていた。我々はこれが物理的に考えて不自然であることから、なんらかの取り扱いの問題であると予測を立て研究を進め、空間曲率の寄与を無視していることが原因であることを突き止めた。空間曲率を取り入れた一様等方時空を背景時空モデルとして扱う拡張されたδNフォーマリズムは、極スローロールインフレーション模型においても独立な一様等方時空による近似が正当化されることを示すのみでなく、この原始ブラックホール形成においても興味深い極スローロールインフレーション模型におけるストカスティックアプローチによる記述の基礎を与える。こちらは既に論文の原稿はおおよそ完成しており、近日中に投稿予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
インフレーションにおける赤外発散の問題で、2つのアプローチを試みている。ひとつは大きなゲージ変換による統一的な見方にもとづくもので、赤外発散が除かれるために必要とされる量子状態に対する条件を明らかにするものである。このアプローチではすでに十分条件を見出すことにはほぼ成功したと言える。波及効果としてδNフォーマリズムの非等方性を取り入れた拡張を提案したが、この具体例についての研究を進めた。これまでの計算に比べて現象を直観的に理解できるようになった。また、赤外発散の問題に関して、赤外発散を除くためには初期条件に対する制限がつくという問題があったが、この問題に関する理解が深まった。これについても論文を執筆中である。 もう一つのアプローチは半古典的な確率的解釈に基づくもので、等曲率ゆらぎに起因する赤外発散現象を理解するために導入したものである。この際に、半古典的な確率的解釈がどの精度で成立するかを評価する研究が進んでいるが、この研究についても論文は執筆中である。さらに、この計算を応用した、インフレーション中のゆらぎの古典化がどの程度実現されるかの見積もりに関しても、論文発表には至っていないが、講義ノートの形にはまとめ、名古屋大学で集中講義には一部反映させている。これも論文としてまとめることが必要である。 上記の2つの主要課題に関する直接の進展という意味では少し遅れているものの、成果として述べたように順調に新しく興味深い成果は上がっており、本課題に関する理解は大いに深まっていると考える。よって、全体としてはおおむね順調に進展しているとしてよいと考える。
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今後の研究の推進方策 |
1)「宇宙論的摂動論における長波長モードの関与する現象の統一的理解」については、整合性条件や、超ホライズンスケールの曲率ゆらぎの保存、ループ補正における赤外発散のキャンセルなど、宇宙論的摂動論における長波長モードの関与する現象を「大きなゲージ変換」と関連させて統一的な理解に関して、論文にまとめる。δNフォーマリズムとの関係が明確になったいま、局所性条件と3次元座標変換不変性の条件さえ満たされれば、赤外発散のキャンセルを含め、様々なことが帰結できる。この点に関しても論文として精緻な議論にまとめる。また、逆に、局所性条件を満たさない量子状態の宇宙を我々が観測するという状況を考えた際に何が期待されるのかということも興味深い問題であり、この点についても引き続き研究する。 2)「ストカスティックアプローチを用いた古典統計的描像の確立」については多成分の場が寄与するインフレーションモデルにおける古典化の問題が重要である。ここで、何が真の観測量であるのかが鍵となる。まず、基礎となる考え方として、量子力学的に様々な現象の起こる確率を古典的な確率とみなしても無矛盾であるための条件を与える議論(デコヒーレンスヒストリー)がある。この考え方にしたがい、量子ゆらぎを古典的な統計集団の分散として取り扱うことが許されるための条件をまとめた論文を執筆する。
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