研究課題/領域番号 |
20K05435
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分32010:基礎物理化学関連
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
藪下 聡 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 名誉教授 (50210315)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2023年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2022年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2021年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2020年度: 1,950千円 (直接経費: 1,500千円、間接経費: 450千円)
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キーワード | 線形応答理論 / 非線形応答理論 / 光励起状態 / モースポテンシャル / 光イオン化断面積 / 複素基底関数法 / スピン-スピン相互作用 / Hellmann-Feynman理論 / Morseポテンシャル / ポリイン / 結合音強度 / 振動数依存分極率 / 遷移モーメント / 倍音吸収強度 / 線形応答関数 / 非線形応答関数 / 赤外吸収強度 / 紫外可視吸収強度 / 応答物性 |
研究開始時の研究の概要 |
分子が光(電磁場)や化学反応によってどのように変化するのか、つまり分子の応答物性の理解は、応用上極めて重要であるが、多くの場合分子そのものの理解より困難なことが多い。本研究では分子の電子・振動励起状態が関与する問題、特に光吸収・光分解・光イオン化など光応答性の新たな理論計算手法を開発・応用研究し、さらには分子の構造変化に伴う電子密度の線形・非線形応答の考え方を発展させ、新たな化学概念の提出を目指す。
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研究実績の概要 |
これまで分子の電子励起状態および振動励起状態が関与する問題、特に光吸収・光分解・光イオン化など光応答物性に関する理論研究を行ってきた。 (1)分子の電子状態を高効率に計算するためのスピン軌道配置間相互作用法プログラムに、電子スピン間の相互作用の一つであるスピン-スピン相互作用計算モジュールを追加することで、通常は無視される1重項-5重項電子励起状態間の小さな相互作用を理論的に評価する研究を行っている。これを窒素分子などの励起状態における回転量子準位のエネルギー幅やその光解離原子が示す量子準位分布の計算に応用している。 (2)希土類イオンのf-f遷移強度を計算するため、配位子による近接場効果を効率よくモデル化する計算手法を開発し、その妥当性の検討を行っている。 (3)分子振動の吸収強度を理解するため、分子の電子密度の変化が、分子の構造変化に対する線形応答や非線形応答として表されるという表式を調べている。とくに分子中のOH基やCH基が示す振動特性、その倍音や結合音の強度や水素結合による効果を、その電荷分布や双極子モーメント関数の構造依存性を調べることで、概念的密度汎関数理論や電荷平衡法などとの関連を明らかにしている。 (4)分子の分解過程を正確に表現するため、モースポテンシャルの束縛-連続状態間の行列要素の解析表式を新たに誘導して、分子解離の漸近領域における核波導関数を調べている。これまで得ている回転量子数が0の場合の表式を、分子回転による遠心ポテンシャルの寄与を含むように拡張している。 (5)光イオン化断面積の計算手法として、複素基底関数法に用いる複素スレーター型基底関数を、複素ガウス型基底関数で展開する際の収束性を検討している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「5.研究実績の概要」で述べた(1)~(5)のそれぞれについて述べる。 (1)スピン-スピン相互作用の二電子ハミルトニアンの基底関数表現、その分子軌道基底への変換、および多電子波動関数基底への変換など、個々のステップの計算表式は完成しているが、それらをプログラム化するのに時間を要している。 (2)希土類イオンのf-f遷移強度には、配位子による近接場効果が顕著である。これを簡潔かつ効率よく評価するため、電子遷移の遷移モーメントを、従来の長さゲージ、速度ゲージ、および加速度ゲージを使ったモデル計算手法を開発し、その効率、計算精度を調べ、その妥当性の検討を行っている。 (3) 線形・非線形応答理論と従来の計算手法の間の関係を、様々の分子系を使って調べた結果、(i) Hartree-Fock法でも密度汎関数法でも、酸やアルコールのOH基の水素原子の変位については、そのプロトン上に標準的な基底関数を使う限り、その基底関数中心に関する微分項は重要でないことが分かった。(ii) 従来のCPHF法やCPKS法の計算に含まれる非同次項について、基底関数極限への収束性が判断し易い新たな表式を誘導し、(i)の結果は、(ii)の計算手法の変分的安定性に起因するを明らかにし、その結果を二つの学会で発表した。 (4) 分子回転を含まないモースポテンシャルの束縛-連続状態間遷移の解析表現の誘導とその数値計算は終了している。また遠心ポテンシャルの寄与を含むように拡張した場合の行列要素の表式も完成している。 (5)複素スレーター型基底関数が複素ガウス型基底関数によって高精度で展開できれば、様々な分子計算に応用できる。数学的にはコーシーの複素積分を使ってその展開可能性を示すことは出来ているが、有限個の基底関数による数値計算で調べた収束性はかなり悪かった。この原因を明らかにするために試行錯誤している。
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今後の研究の推進方策 |
(1)スピン-スピン相互作用は、軽原子系だと1cm^-1程度の非常に小さな値で、多くの開殻分子系における値は、多電子波動関数の近似度に強くは依存しないという特徴を持つ。このため比較的小規模の近似波動関数を念頭に置き、既存プログラムを改変する形式で作製し、窒素分子の光解離問題に応用する。 (2)希土類イオンのf-f遷移強度における近接場効果としては、4f軌道内1電子励起×配位子内1電子励起の形式の、分子全体で2電子励起配置まで含めた遷移モーメントを摂動論的に評価する計算方法が妥当であり、この計算方法を3種類の遷移モーメントのゲージで計算するプログラムを作製する。 (3) 分子構造の変化がその電子密度におよぼす摂動は、その構造変化に伴う静電的摂動に起因する線形応答や非線形応答として評価できる。このため波動関数のHerzberg-Teller展開, charge-fluxなどの分子分光学の概念と量子化学、さらには古くから電子の移動を巻き矢印で表現する有機電子論の考え方が結びつく。当面は計算技術的なことを完成しながら、構造変化に起因する電子密度変化を簡便に記述する理論体系にまとめる。 (4)遠心ポテンシャルの寄与を含むように拡張した状態遷移確率を回転量子数の関数として数値計算し、分子の解離極限における核運動の共鳴現象、各種分光理論、衝突誘起解離反応速度などの問題に応用する。その解析表式の主要項にローレンツ関数型の因子が含まれる理由を明らかにする。 (5)複素スレーター型基底関数の複素ガウス型基底関数による展開にはShavitt-Karplusの積分変換の考え方が役立つと考えられる。そのコーシーの複素積分の表式はすでに得ているので、その正確な計算可能性を追求する。
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