研究課題/領域番号 |
20K06051
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分39040:植物保護科学関連
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
矢野 修一 京都大学, 農学研究科, 助教 (30273494)
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研究分担者 |
秋野 順治 京都工芸繊維大学, 応用生物学系, 教授 (40414875)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,290千円 (直接経費: 3,300千円、間接経費: 990千円)
2024年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2023年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2022年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2021年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2020年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
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キーワード | カンザワハダニ / ミヤコカブリダニ / コウズケカブリダニ / クロヤマアリ / 捕食回避行動 / 偶発的ギルド内捕食 / アリの足跡物質 / 芋虫の足跡物質 / 下剋上捕食 / 捕食回避 / カブリダニ / ハダニ / カベアナタカラダニ / アミメアリ / トビイロシワアリ / 道しるべフェロモン / セスジスズメ / 芋虫の足跡 / 不飽和炭化水素 / ゲリラ豪雨 / ナミハダニ / 網上産卵 / 非致死的効果 / 捕食者の代替餌 |
研究開始時の研究の概要 |
多くの農薬が効かない害虫のハダニは、自然界では捕食者に怯えながら暮らしている。ハダニは捕食リスクを示す捕食者の痕跡を察知すると、餌にする植物から逃げ出すなどして捕食を避ける。我々はハダニが捕食者の痕跡を匂いで察知すると予測し、その匂いの化学成分を特定してハダニを農作物から追い払うために利用しようと考えている。自然界にはハダニが避ける匂いが数多くあるはずなので、人体と環境にやさしいこれらの化学成分で大害虫のハダニを制御することを目指す。
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研究実績の概要 |
農業害虫のナミハダニとカンザワハダニがクロヤマアリの足跡を3日以上も避けることから、アリの足跡物質でハダニを追い払える可能性が高い。その一方で、農生態系でハダニを捕食して制御するカブリダニの働きをアリの足跡物質が妨げないか気掛かりである。クロヤマアリの足跡に対する忌避反応を調べると、食性がスペシャリスト寄りのケナガカブリダニとミヤコカブリダニ(スパイカルEX)は避けず、ジェネラリストのコウズケカブリダニ(以下コウズケ)が避けた。ハダニの防御網内で採餌するスペシャリストは網でアリから守られる一方で、網に侵入できないジェネラリストは常にアリの脅威に晒されることを反映するようだ。アリの足跡を避けないケナガカブリダニが、ハダニの網ごと葉を食べる芋虫類の足跡を強く避ける事実はこの仮説を支持する。さらにマイクロコズムを反復する手法で、アリの足跡がそれを嫌うハダニとコウズケを出会いやすくして捕食を促す効果の検証を試みたが、コウズケによるハダニの捕食は促されることも妨げられることもなかった。以上の結果により、現時点ではアリの足跡がカブリダニによるハダニの制御(生物的防除)を妨げる証拠はないと結論する。また、ハダニの分散ステージである雌成虫は、仲間がカブリダニに捕食された匂いを感知すると防御網を棄てて逃げ出すが、この匂い物質を特定してハダニを網から追い出せれば、網に籠るハダニを攻撃できない多くの捕食者を活かしたハダニの制御が可能になる。ハダニを網から追い出す物質を探索中だが、現時点ではハダニは自種卵のメタノール抽出物を避けることがわかった。さらに、これまでの足跡を介した異種間相互作用の研究分野を発展させ、ミカンハダニが勝ち目のない競争相手であるカンザワハダニの足跡を避けて遭遇を防ぐことが分かった。ハダニが競争種の足跡を避けることを発見した世界初の事例である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
アリの足跡物質に農業害虫のハダニを追い払う効果があっても、農生態系でハダニを制御しハダニの生物的防除にも用いられるカブリダニ類の活動を阻害するのではないかと応用研究者の間では懸念されてきた。しかし、その心配がないことが上記の通り実験的に裏付けられた。この最大の懸念を払しょくできたことは、今後農業関係者にアリの足跡物質の有効性を宣伝するうえで大きな一歩となった。ハダニを防御網から追い出す化学物質については、申請期間中に物質を特定できるかどうかは微妙なところだが、目標に向け前進中である。ハダニが忌避する芋虫の足跡物質の探索についても同様の状況である。基礎学問の観点では、植食者が競争種の足跡を避けることを初めて発見し、足跡を介した異種間相互作用(足跡の生態学)の一般化に向けてさらなる一歩を踏み出せたと言える。 研究成果を社会に還元する広報活動面でも成果があった。昨年度はこれまでの研究成果について国内外のマスコミや雑誌、有象無象の団体から取材依頼が相次いだ。その全てに応じることは不可能だったので、依頼を取捨選択して商業誌(グリーン・エージ)の特集記事の執筆依頼と、NHKの教育番組(Eテレ「ヴィランの言い分」)の取材・出演依頼に応じ(業績を参照)、さらにいくつかの依頼については共著学生の金藤栞氏に担当してもらった。基礎研究の究極的な目標は、研究成果を社会に還元し、お茶の間の皆さんに膝を打たせることだと考える。その目標をかなりの程度達成できたと自負している。その一方で、昨年度は研究成果の広報活動にかまける余りに原著論文の発表が途切れてしまったことは反省材料である。以上の差し引きから「おおむね順調に進展している」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
農業害虫のハダニが嫌う芋虫の足跡物質とハダニを防御網から追い出すハダニの卵成分を特定するための作業を継続する。本研究の応用面の最終目標は、ハダニが避けるこれらの天然物質をハダニ制御に利用し、従来の化学農薬だけに頼らない人体と環境に優しい農業の実現に資することである。たとえ申請期間中に物質の特定に至らなくとも、将来的にその目標実現に不可欠な作業だと信じている。なおアリの足跡物質を利用したハダニ忌避剤の実用化に関しては、某企業と共同研究契約期間中であり、進捗状況については秘密保持契約のため公表することはできない。 研究成果の公表については、本年度は論文を投稿する作業を最優先したい。その一方で、国内で開催される国際会議と国内学会で成果を口頭発表する予定である。8月に京都市で開催される第27回国際昆虫学会議では、共著者の学生が中心となり、本研究の代表者と分担者が基調講演するシンポジウムが開催される。足跡物質を介した異種間関係を研究する演者を海外から招聘し、この新しい研究分野の今後の可能性を議論する機会を提供できると考えている。さらに、9月の日本ダニ学会大会と3月の日本応用動物昆虫学会大会でも、共著者らとともに研究成果を口頭またはポスターで発表する予定である。これらの発表機会を利用して、アリの足跡物質がカブリダニを利用した現行の生物的防除を妨げないことを宣伝して農業関係者の懸念を払しょくすることにも努めたい。
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