研究課題/領域番号 |
20K06989
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分47020:薬系分析および物理化学関連
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研究機関 | 国際医療福祉大学 |
研究代表者 |
三浦 隆史 国際医療福祉大学, 薬学部, 教授 (30222318)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
4,290千円 (直接経費: 3,300千円、間接経費: 990千円)
2022年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2021年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2020年度: 1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
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キーワード | セロトニン / 銅輸送 / 酸化還元 / 酸化ストレス / 金属イオン恒常性 / 銅輸送タンパク質 / 神経変性疾患 |
研究開始時の研究の概要 |
セロトニンが酸化反応を受け易い物質であることは広く知られており、これまでに、酸化生成物の細胞障害性など、負の側面に注目した研究は多数行われてきた。しかし、酸化ストレスに対して脆弱な脳にとって危険な物質が敢えて選ばれたのには理由があり、危険を冒してまでも遂行しなければならない未知の生理的役割をセロトニンが持つ可能性もある。本研究では、新しい発想に基づき、銅還元物質としてのセロトニンの役割を解明する。
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研究実績の概要 |
ドパミンは、その前駆体であるチロシンと比べて酸化されやすい物質である。酸化により生じたキノン体、セミキノン体やそれらのラジカルには活性酸素種発生を促す細胞毒性の強い物質も含まれる。また、ドパミンの酸化は2価銅イオン[Cu(II)]により顕著に促進されるが、結果として生じる1価銅イオン[Cu(I)]も、Cu(II)に再酸化される際に活性酸素種発生の原因となる。トリプトファンを前駆物質とするセロトニンも、ドパミンと同様の危険性を持つ。脳内で神経伝達物質として利用する物質を、安全なアミノ酸から酸化ストレスの発生源となる危険性の高い物質に敢えて変換するのには理由があると思われるが、合理的な説明はされていない。本研究では、神経伝達物質としてではなく銅還元物質としてのセロトニン、ドパミンに着目し、その生理的役割、神経変性疾患との関わりなどを明らかにすることを目的とした。 2022年度は、ドパミンと銅の酸化還元に伴い発生する酸化ストレスの抑制に関わる生体物質の候補として、脳腸ペプチドとして知られるコレシストキニンに注目し、銅イオン結合能および銅イオンと結合することの生理的意義を明らかにするための研究を実施した。その結果、コレシストキニンがCu(II)、Cu(I)両者に対して結合するという、低分子物質としては特異な性質を持つペプチドであることが明らかとなり、銅の酸化還元制御に関わる可能性が示された。 本研究の成果は、銅の恒常性、脳内酸化ストレス防御系、さらには酸化ストレスに起因する多くの疾患の発症メカニズムを解明する上での重要な基礎となるため、本研究の新規治療薬開発に対する影響は大きいと期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
ドパミンはCu(II)添加によりキノン型の構造を持つアミノクロムに変化し、その後、さらなる還元・酸化反応により種々の物質を経て黒色色素ニューロメラニンに至る。後者の過程では、活性酸素種の発生を促すセミキノンラジカルが生じることが知られる。一方、2021年度までに実施した我々の研究により、内在性オピオイドペプチドであるエンドモルフィン1(EM1, Tyr-Pro-Trp-Phe)はTrp残基のインドール環などを利用したカチオン-π相互作用によりCu(II)、Cu(I)両者に対して結合することが示され、その銅結合特性によりドパミンの酸化還元反応のうち、特にアミノクロムからニューロメラニンが生じる過程を強く抑制することが明らかになった。 2022年度に実施した研究では、EM1と類似する銅結合特性を持つ物質の候補として、コレシストキニンに着目した。コレシストキニンは消化管と中枢神経に広く分布する脳腸ペプチドである。中枢では、主にオクタペプチドCCK-8(Asp-Tyr-Met-Gly-Trp-Met-Asp-Phe-NH2)として大脳辺緑系や線条体など、運動調節、記憶、認知機能に関与する領域に多量に存在する。CCK-8はEM1と同様に芳香族アミノ酸に富むことに加えて、EM1には存在しないMet残基を2つ含んでいる。このアミノ酸組成から、CCK-8は銅結合能を持つペプチドであると推測された。トリプトファン残基の蛍光が銅イオンにより消光されることを利用して検証実験を行ったところ、CCK-8はEM1と同様、Cu(II)、Cu(I)両者に対して結合するペプチドであることが明らかになった。 上記の成果が得られたため、本研究は概ね順調に進行していると言えるが、当初予定していたセロトニンの銅還元と神経変性疾患の関係を明らかにするまでには至らなかったため、「やや遅れている」と判断した。
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今後の研究の推進方策 |
銅イオンを細胞内に輸送する膜タンパク質Ctr1はCu(I)に選択性を持つため、銅の細胞内取り込みの際には、細胞外でCu(II)をCu(I)に還元する必要がある。しかし、細胞外の酸化的環境下においてCu(II)をCu(I)に還元することは、活性酸素種の発生に繋がるため危険を伴う。Ctr1の近傍でのみ銅還元活性を示すセロトニンを還元物質として用いると、生じたCu(I)は比較的安全に細胞内に輸送されると考えられるが、セロトニンやドパミンによるCu(II)還元を促進する物質はCtr1以外にも存在する可能性がある。 2022年度までに行った研究により、生体内にはEM1やCCK-8のようなCu(II)とCu(I)両者に対して親和性を持つペプチドが存在することが明らかになった。銅結合能を持つアミノ酸などの低分子物質やペプチドの多くはCu(II)かCu(I)のどちらか一方に対して強い親和性を示すため、これらのペプチドは特異な性質を持つと言える。また、これらのペプチドは、それぞれオピオイドペプチドや脳腸ペプチドとしてその存在は知られていたが、そもそも銅結合物質であることは知られていなかった。2023年度は、Cu(II)とCu(I)両者に対して結合するペプチドの銅結合物質としての役割を明らかにするための研究を実施する。 一方、同一のペプチドが立体構造や会合状態を変えることで、Cu(II)とCu(I)に対する親和性を変化させる例も存在する。アミロイドβペプチド(Aβ)は単量体では無毒であるが、会合状態では細胞毒性を持ち、アルツハイマー病の原因物質となることが知られている。会合状態の異なるAβペプチドがセロトニンによるCu(II)還元を促進する能力を比較し、セロトニンが銅還元作用を有することの負の側面として、神経変性における細胞障害と関わる可能性も検証する。
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