研究課題
基盤研究(C)
Brugada症候群等のリエントリーに起因する致死的不整脈を認める不整脈疾患の中には、しばしば房室伝導障害等の徐脈性不整脈と共通した遺伝子変異を有するものが同定されている。従って、その病態形成には、心臓興奮の生成・伝導に関わるイオンチャネルの機能喪失・亢進といった二分法的な説明では理解困難な、複雑かつ動的な時空間的相互作用の関与が強く示唆される。本研究では、電気生理学的手法と数理モデルによるシミュレーションを組みわせることによって、なぜ一見共通した遺伝子変異が複雑な臨床像を示す不整脈を引きおこしえるのか、その病態形成機序の一端を統合的に理解することを目指す。
TRPM4チャネルの不整脈性変異体Q854Rに対し、パッチクランプ法による詳細なゲーティング解析を継続して行った。その結果に基づいて精緻化したプルキンエ線維・心房筋の単一細胞活動電位(AP)モデルを用い、1D-ケーブル、2D-シート、3D-スラブにおけるシミュレーションを実行して以下の結果を得た。(1)Q854R変異体では、静止電位や静止Ca2+濃度付近においても「閉状態→開状態」の遷移が促進されると同時に「開状態→閉状態」の遷移が遅延していた。(2)この変化による影響はE7K変異体に比べて更に著しく、Q854R変異体活性の僅かな増加によっても静止電位の脱分極シフトと活動電位の再分極後期相の著明な延長が生じた。その一方で、E7K変異体に特徴的なtriggered activity(EAD)による再分極の不安定化はみられなかった。(3)プルキンエ線維の興奮伝導を表すケーブルモデルによるシミュレーションでは、上記の変化が頻拍時などに蓄積し、それに伴って電位依存性Na+チャネル不活化も高度化して興奮伝導の遅延や完全な途絶が生じた。(4)心房筋APモデルや心臓線維芽細胞を導入した2次元シートや3次元スラブのシミュレーションでは、変異体の最大活性や組織不均一性が増すにつれて興奮伝播の異方性が増し、局所における興奮伝導遅延・途絶だけでなく、興奮波フロントの分裂、蛇行、旋回、融合といった複雑なパターンの伝播異常が生じた。以上のことから、TRPM4チャネルのQ854R変異は、チャネルレベルの機能的変化は同一でありながら、時空間的なコンテクストに依って、徐脈性不整脈、頻脈性不整脈の両方の特徴を引き出す複雑な基礎過程として働く可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
以前よりハイスペックの並列型コンピュターを新たに導入したことで、2次元のシミュレーションが効率化されただけでなく、3次元のシミュレーションも実質的に可能になった。その結果、Q854Rなどの単一のTRPM4変異によるゲーティングキネティックスの変化が、複雑な興奮の生成や伝播の障害を引き起こす可能性を明らかにできた。加えて、もう一つのgain-of-function変異E7Kとの違いを定量的に差別化することができた。
延長年度に当たる2023年度は、E7K、Q854R変異によって生じる2次元、3次元レベルの興奮伝播異常の根底にあるメカニズムの解析を進める。また、会津大学の朱博士との共同で、AIによるECG診断などに用いられている枠組みを利用して計算負荷を低減し、スパコンを用いない全心房(全心臓)3Dモデルを用いたシミュレーションの現実化を試みる。
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すべて 雑誌論文 (8件) (うち国際共著 8件、 査読あり 8件、 オープンアクセス 7件) 学会発表 (7件) (うち国際学会 2件、 招待講演 5件) 備考 (1件)
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