研究課題
基盤研究(C)
毎年冬季に流行する季節性インフルエンザは、インフルエンザウイルスが原因の呼吸器感染症である。咽頭痛、鼻汁、咳嗽以外に悪寒、高熱、筋痛、関節痛、全身倦怠感など強い全身炎症症状を伴い、小児や高齢者に限らず発症早期に致死的経過をとることがあり、社会的な関心・認識は高い。本研究では、季節性インフルエンザ早期死亡例におけるウイルス感染と致死的炎症・免疫応答をインフルエンザ関連ARDS、脳症、心筋症の剖検組織の分子病理学的解析により明らかにし、致死的転帰の予測因子の同定や救命治療の確立に応用できる知見を得ることをめざす。
インフルエンザや新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の重症例では、脳症、劇症型心筋炎症状、急性呼吸促迫症候群(ARDS)を併発することがあるが、発症機構として自然免疫の過剰応答によるサイトカインストームの関与が考えられている。今年度は、インフルエンザならびにCOVID-19の剖検例を対象とし、ウイルス感染と致死的炎症・免疫応答について、分子病理学的手法により解析した。インフルエンザ剖検肺組織において鼻腔や気管ぬぐい液中のウイルス量はH3N2亜型とH1N1亜型で相違なかったが、ARDSの病理像であるびまん性肺胞傷害(DAD)を呈する例は、H1N1pdm亜型感染例に多く、リアルタイムRT-PCRによる肺組織からのウイルスRNAの検出範囲もH1N1pdm例では、より末梢の肺胞領域からも検出されることがわかった。COVID-19剖検例では、H5N1亜型鳥インフルエンザ、MERS、2003年SARSに類似し、ウイルス抗原やウイルスRNAが免疫組織化学やin situ hybridization 法で肺胞上皮細胞に検出され、ウイルス性肺炎像を呈した例が多かった。ARDSの重症度マーカーの1つであるIP-10(IFN-γ誘導蛋白)の肺局所における発現を解析したところ、同一肺組織切片中のIP-10 mRNA量とSARS-CoV-2ゲノム量とは正の相関を示すことがわかった。また蛍光二重in situ hybridization法により、ウイルスRNA陽性細胞の周囲にIP-10mRNA陽性細胞が検出され、ウイルス感染が局所の炎症を引き起こしていることが示唆された。重症インフルエンザやCOVID-19に併発するARDSの病態には、ウイルスが引き起こす自然免疫応答による全身性の炎症反応と、ウイルスが直接感染する肺局所の免疫応答による肺組織傷害が関与していることが考えられた。
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