研究課題
基盤研究(C)
ミトコンドリアは栄養代謝、エネルギー産生やアポトーシス制御等の生命の根幹を担う。栄養代謝・ミトコンドリア異常が疾患や個体の老化に関わる一方で、ミトコンドリアを標的にする効果的な治療法開発・社会実装には至っていない。我々は特定の乳酸菌により、ミトコンドリア異常を改善できること、モデル生物の寿命を延長できることを見つけた。本研究は外部環境由来因子である乳酸菌がミトコンドリアと個体老化を制御する機構を解明する。進化上細胞内共生する元微生物であるミトコンドリアと、外で共生する腸内微生物がどう宿主健康寿命への役割を共有し、また競合関係にあるのか、その問いにも考察を与える。
ミトコンドリア病モデルマウス(Ndufs4 KO)において、乳酸の広い濃度域の4種の投与量の経口投与のすべてで健康寿命が延びた。また種々の属種の乳酸菌株8株中6株の投与でも健康寿命が延びた。さらに脳において病理学的検討を行い、小脳・脳幹などの病変部位において、マイクログリアの活性化・神経細胞死を乳酸、乳酸菌投与のいずれも軽減することを見出した。細胞外代謝フラックスアナライザー解析において、乳酸濃度依存的に解糖系が阻害され、ミトコンドリア呼吸が数分以内に亢進することを見つけた。乳酸の効果は異なるがん細胞2種で確認されるとともに、D-乳酸とL-乳酸のいずれもほぼ同等だった。ミトコンドリア病を発症する遺伝子変異を有する疾患iPS細胞株(Ndufs4 KO、m.8993 T>G100%、 m.8993 T>C100%)を作製した上で、これらと野生型(健常者由来)iPS細胞から線維芽細胞へ分化誘導を行い、解糖系阻害剤投与によるミトコンドリア呼吸能への影響を評価した。疾患iPS細胞と健常者iPS細胞に由来する線維芽細胞ともに、乳酸投与によりミトコンドリア呼吸能が向上した。神経幹細胞に分化誘導して行った同様の検討においても、乳酸により呼吸能が向上した。こういったミトコンドリア呼吸の向上や神経炎症の軽減が、ミトコンドリア異常の文脈で乳酸が寿命を延ばす一端である可能性がある。乳酸の経口投与、もしくは腸内細菌叢による介入でミクログリアで示されるような中枢神経系における炎症を抑制する効果があることは興味深く、今後の解析・進展が期待される。Ndufs4 KOマウスの健康寿命延長は抗生物質投与でも確認され、腸内細菌叢とミトコンドリア機能異常の間に因果関係があることが推察される。以上、ミトコンドリア異常を補完する方法として、微生物やその代謝物の経口投与が有効であるという新たな可能性を提示した。
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Nature Metabolism
巻: 5 号: 6 ページ: 955-967
10.1038/s42255-023-00815-w
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