研究課題/領域番号 |
20K12871
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分01060:美術史関連
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研究機関 | 大谷大学 (2021-2023) 佛教大学 (2020) |
研究代表者 |
中西 麻一子 大谷大学, 文学部, 助教 (70823623)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,160千円 (直接経費: 3,200千円、間接経費: 960千円)
2023年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2022年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2021年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2020年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
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キーワード | インド美術 / 仏教美術 / 仏伝図 / 仏伝文学 / 仏塔 / バールフット / 五指印 / 施無畏印 / 経行 / 経行処 / サーンチー / カナガナハッリ / 仏伝美術 / 草刈人の布施 / 南インド / 仏教説話 / インド仏教美術 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究は、紀元前1世紀以降の南インドにおける仏教受容の様相を明らかにするために、新発見のカナガナハッリ大塔(造営時期:紀元前1世紀~紀元後3世紀)から出土した浮彫を、文献資料に基づく図像学的観点から解明するものである。 仏教がその誕生地である東インドから南方へと伝えられていく伝播状況を、考古学的遺品に即して明らかにすることで、インド本土では失われた仏教僧団の活動や古代インド社会との関わりの一側面を明らかにすることを目的としている。
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研究実績の概要 |
本研究は研究期間内に、南インド・カナガナハッリ大塔から出土した考古学的出土品に対して(1)現地調査を実施する他の仏教遺跡より出土した作例との比較から、(2)仏伝図の図像学的特徴から、(3)南インドの仏塔を装飾する文様から、(4)碑文の解読とその内容から分析を行い、南インドで受容された最初期の仏教の特色を明らかにするものである。令和5年度は(1)(3)の研究を推進した。 (1)については、新型コロナウイルス感染症の感染拡大のために調査を延期していた南インドのアマラーヴァティー遺跡を中心とする現地調査と資料収集を実施することができた。アマラーヴァティー遺跡と考古博物館の現地調査を行った後に、タミルナードゥ州チェンナイに移動し、チェンナイ州立博物館のアマラーヴァティー彫刻展示室、ヒンドゥー彫刻展示室、ジャイナ彫刻展示室、古代インドコインを展示する別館において資料収集を2日間に分けて行った。 また、ニューヨーク・メトロポリタン美術館で開催された<Tree and Serpent, Early Buddhist Art in India>の韓国・ソウル巡回展を訪問した。世界各地の博物館が所蔵する南インドの仏教彫刻が一堂に集まる貴重な機会にそれら所蔵品の実見と資料収集を実施することができた。 (3)については、仏塔を装飾する文様に着目して、現存最古の仏教彫刻を有するバールフットに表わされた手形(五指印)を取り上げ、文献資料と図像資料からその意味を明らかにすることで、ブッダの姿が表された際の印相の一つである施無畏印との接点を見いだすことを目指した。研究成果は「インド仏教の図像表現にみられる仏塔を飾る手形について」と題して研究発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
令和5年度は、新型コロナウイルス感染症の拡大防止処置が緩和されたため、研究計画の段階で企図していた南インド仏教遺跡調査を実施することができた。しかしながら、現地調査による研究資料(画像データ)の収集は当初の研究計画よりも遅延が生じている。この点を省みると、本研究は遅れていると言える。 令和5年度は(3)の南インドの仏塔に施された文様へアプローチするために、その前段階の仏塔が遺る中インドのバールフット遺跡(紀元前150年頃)から出土した仏塔図を中心に考察を行った。古代インドにおける仏塔への礼拝行為は民間信仰と深く結びついているため、仏教以前から信仰の対象であった聖樹に対する供養を継承している。バールフットの仏塔図には仏塔の側面に複数の手形が描かれおり、その意味を文献資料から読み解くと、供養者側から加護されるべきものに対して付与される印であることが判明した。そして時代が下ると、紀元後には五指印を施す仕草のブッダ像が仏伝図中に描出され始めていることに着目し、この施無畏印と呼ばれる右手の五本の指を広げて表す印相について先行研究を整理した。印相の意味が固定される以前には、仏伝場面の内容次第で異なった意味が込められていたと考えられるが、定型化した後の施無畏印の意味には燃燈仏授記図と酔象調伏図の関与がこれまでの研究で指摘されている。本研究においては、両主題を分析したうえで、施無畏印の仕草そのものを古代インド文化のなかに求める場合、同じ仕草を用いて表現する五指印の施与が関与すること、そしてブッダ像の出現によって、これまで不可能であったブッダの意思を身振りや手の指によって示すことが可能になった際に、ブッダ側から加護されるべきものに対して五指印を施与する表現の創出へと大きな転換がみられることを指摘し、五指印と施無畏印との連続性を明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
まずはじめに研究実績の概要(1)については、中インド仏教遺跡調査を遂行する。特に、カナガナハッリ大塔よりも早期、あるいは同時期のマトゥラーから出土した浮彫彫刻を実見し、資料取集に努める。また、クシャーン朝とサータヴァーハナ朝期(紀元後2世紀頃)に制作された仏伝図が後代にどのように展開したのかを把握するために、サールナートにおいてグプタ期(4世紀~6世紀頃)の仏伝図の実地調査を行う。 (2)については、令和5年度に研究実績の概要(3)へのアプローチを優先したために、究明することが出来なかった令和4年度の今後の研究の推進方策に記したヤクシャ廟参詣伝説について引き続き考察を行う。ヤクシャ廟参詣図は南インドとガンダーラ地域から出土しているが、その表現は全く様子が異なる描写をみせる。その要因を考察するために、これまでクシャーン朝の王の称号に準えて創出されたブッダの呼称「天中天」を手掛かりに文献資料から用例の検討を行っていたが、より範囲を広げてガンダーラ地域から出土した古銭資料を用いることで新しい論拠を見出すことを目指す。以上に述べたヤクシャ廟参詣伝説の文献と美術の考察については、荒牧典俊京都大学名誉教授が主宰する「古代インドの仏典・美術研究会」に継続して参加し、意見交換や改善点の指摘を受けながら研究精度を高める。
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