研究課題
若手研究
聖書叙事詩における詩的霊感(人智を超えた物語を詩人に語らせる力)とは何か。詩的霊感の伝統は異教的古代から古代末期、さらにルネサンスに至る過程でどのように変容してきたのかを複数の作品から描き出す。本研究によって、古典期以降のラテン語文学、あるいはキリスト教文学の歴史においても、本邦ではほとんど顧みられていなかった聖書叙事詩という領域についてその概観を社会に提供しうる。
最終年度にあたる2023年度においてはまず、これまで十分な検討ができていなかった古代末期の聖書叙事詩アラトルの『使徒の物語』を対象とした研究を行った。当該作品には、叙事詩に伝統的におかれている序にあたる部分がなく、突如本編が開始されるのであるが、この意義について先行する聖書叙事詩の表現との関連を検討した。その中で得られた示唆として重要なのは、聖書叙事詩研究一般にみられるウェルギリウス・モデル偏重への見直しを迫る点である。この研究からは、アラトルの作品構想にとってオウィディウスがとりわけ重要なモデルであった可能性が示された。ラテン語叙事詩にとってウェルギリウスは確かに模範たる存在だが、古代末期の作品についてはより積極的に他の詩人の影響についても検討されるべきであることが明らかとなった。続いて、古代末期の聖書叙事詩の伝統が、初期近代のネオラテンによる聖書叙事詩にいかに継承されたのかという問題に迫るために、「ラザルスの復活」という聖書における重要な奇跡の場面を対象に、古代末期のユウェンクス『福音書四巻』、セドゥリウス『復活祭の歌』と初期近代のヴィーダ『キリスト物語』の当該場面の比較を行った。作品中における個々の概念やモチーフの継承関係を指摘すると同時に、そこから古代末期の聖書叙事詩の特徴である教化の側面が発展され、ルネサンス期の『キリスト物語』において布教を描くことにつながった可能性を示した。古代末期の聖書叙事詩の延長線にヴィーダの取り組みを位置づけることで、キリスト教文学としての独自性を提示することもできたと考える。今年度の研究を含めて、日本においてまだ十分な認知を得ているとは言えない聖書叙事詩、あるいは古代末期や初期近代のラテン語文学について、その拡がりを国内に広く示すことに寄与できたと考える。
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