研究開始時の研究の概要 |
解が指数的増大度を持つ複素領域の微分方程式を, 不確定特異型微分方程式といいます. この様な方程式は, 解が多項式増大度を持つ確定特異型方程式と比べて, 解析が難しくなります. 近年, 共形場理論という物理学の理論において, この不確定特異型の微分方程式が重要な役割を果たすことが認識されてきました. 本研究では, この様な不確定特性について, 数学的に厳密な枠組みを与えることを目標とします.
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研究実績の概要 |
本年度の最も重要な実績は, 線形差分方程式に対するStokes構造の研究を行なったプレプリントを発表したことである. ここで, 線形差分方程式は, 正確には複素領域の複素パラメータを1ずらす作用素に関する線型方程式で, 本研究の主題である不確定特異型の微分方程式と並行したさまざまな性質を持つ. また, 頂点作用素代数とも, 量子群などを通じて密接な関連を持っている. このプレプリントでは, 線形差分方程式に対して, その「無限遠点」における方程式の不確定特異性が原因で生じるStokes現象と呼ばれる解の不連続な挙動に対して, それを記述する「Stokes構造」と呼ばれる構造を導入した. そして, 微分方程式の不確定特異性を記述するStokes構造と同様, 方程式とその解の対応であるRiemann-Hilbert対応を二つの圏の間の同値性として定式化し, これを証明した. 線形差分方程式と線形微分方程式の間の類似性はこれまでも指摘されてきたものの, 解の空間に関しては, 微分方程式と差分方程式において「定数関数」と「周期関数」の間の違いに相当する大きな違いがあったので, このような定式化が可能であるという視点は新しいと考えている. そして, これらの結果は国内外の研究集会において発表され, また, 微分方程式との類似から丁寧に解説をする集中講義も行なった. 技術的な点として, このプレプリントでは無限遠での特異性にmildという条件をつけて研究を行なった. これは, より一般のwildと呼ばれるクラスでRiemann-Hilbert関手の定義に問題が生じた結果であったが, この点について, 各地で研究結果の発表, 議論を行う中でヒントを得たので, さらに追求していきたいと考えている.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画当初より, より一般的なレベルにおいて基礎となる定理を発見できた. この点に関しては, 作成段階の予定よりも明らかに順調に進行していると言える. しかし, 一方で, その結果として一般論の整備に予定よりも多くの議論が必要となり, 当初の目的であったより具体的な対象への応用は, アイデア等は集まっているものの公に発表する形には至っていない. これは同じことを二つの側面から見た結果ともいえ, 仕方ない面もあるが, さらに精力的に研究を進めていくことで, 具体的な対象への応用をより詳細に記述したい思いもあるため, (2)の概ね順調に進展しているという評価にした.
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今後の研究の推進方策 |
今後は, 研究実績に記述したように, より一般的な差分方程式に対するStokes構造の理論と, そのRiemann-Hilbert対応の研究を行いたいと考えている. 同時に, その格好の応用先であるMellin変換という対象についても研究を深めていきたい. この研究は, Fourier変換のStokes構造に関する研究と並行した方針で, しかし今回の研究によって得られた差分方程式のStokes構造の視点が生きる研究分野になると考えている. さらに, 差分方程式が自然に現れる対象で, 頂点作用素代数とも関連が深い量子群や, 筆者がこれまで研究してきたミラー対称性に現れる同変量子コホモロジーやそのDubrovin予想といった対象への応用も探っていきたいと考えている.
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