研究課題
若手研究
双翅目昆虫は植物の重要な送粉者である一方、植物が双翅目に対しどのような適応を遂げ、どのような戦略をもって彼らを誘引しているかに関する知見は少ない。本研究では、「特定の双翅目に送粉される植物は、それぞれの送粉者の生態や生活史に合わせた独自の適応をしており、特に花香に顕著な適応がみられる」という仮説を提唱し、タマバエ媒花など生態が未知な双翅目媒花において、そのバイオロジーを花香化学成分レベルで明らかにする。一般に双翅目は「ハエ」と一括りにされるが、その中には複数の送粉者機能群を内包しており、植物はそれぞれの機能群へfine-scaleな適応を遂げていると予想される。
本研究では、生態が未知な双翅目媒花において、そのバイオロジーを花香化学成分レベルで明らかにすることで、双翅目昆虫と花の隠された相互作用とその多様性を紐解くことを目的とし研究を行っている。特に、ヤマノイモ属、ウマノスズクサ属、カモメヅル属(オオカモメヅル属を内包する)を対象に送粉者と花香の分析を行うこととしている。二年次までには、ヤマノイモ属とカモメヅル属の複数種について送粉者を明らかにしてきたが、COVID19感染症の社会的状況により、花香分析が十分に行えずにいた。三年次は、二年次までに採集し、十分に成長した栽培株を用いることで花香分析に取り組むことができた。具体的には、カモメヅル属の8種、ウマノスズクサ属のウマノスズクサ、ヤマノイモ属のオニドコロについて花香分析を行った。全体を総観するにはまだサンプリングすべき種が不足しているが、送粉者として誘引するハエの分類群によって花香が大きく異なること、ヌカカに送粉される種は系統的に離れていても同じような物質を花香としてもつ可能性が示唆された。この中で、タチガシワとツルガシワについてはこれまで明らかでなかった送粉者についても同時に明らかになりつつあり、被子植物にほかに例をみない特異な擬態を用いて送粉者誘引を達成している可能性が示唆されてきている。本内容について、2022年9月の植物学会で口頭発表を行った。
1: 当初の計画以上に進展している
2022年度は、栽培株を用いた花香分析に力を入れたことで、様々な進捗が生まれた。花香については、カモメヅル属のタチガシワ、ツルガシワ、オオカモメヅル、コカモメヅル、ツルモウリンカ、フナバラソウ、スズサイコ、クサナギオゴケ、ウマノスズクサ属のウマノスズクサ、ヤマノイモ属のオニドコロについて分析を行った。全体を総観するにはまだサンプリングすべき種が不足しているが、次年度にさらにサンプリングを増やし、過去の研究と合わせれば、概ね当初の目標が達成できると考えている。さらに、本研究では、花香と双翅目のグループの関係性をパターン的に解析し、植物の精細な適応を可視化することが目的であったが、期せずして、大変興味深い現象が次々と発見された。たとえば、関東から東北に産するタチガシワは、労働寄生性の双翅目昆虫を特異的に誘引すること、そのメカニズムは擬態であり、これまで植物の擬態花のモデルとして知られない生物が擬態の対象であることが示唆されてきた。このほかにも、カモメヅル属は種によってさまざまな擬態を使い分けている可能性があることが示唆されている。このことは、種によって異なる双翅目送粉者を使い分ける背景に、擬態が深くかかわっている可能性を暗示している。
本年度では、特にカモメヅル属とウマノスズクサ属を中心に花香分析と誘引実験を行い、論文出版に耐えるデータを得ること、ならびに、双翅目媒花の花香の特徴についてレビューすることを目的とする。具体的には、カモメヅル属よりタチガシワ、ツルガシワ、フナバラソウ、クサナギオゴケを対象とする。クサナギオゴケは送粉者が不明であるが、発酵臭を放っており、ショウジョウバエに送粉される可能性が示唆されるため、送粉者の調査、および誘引実験を行いたい。ウマノスズクサ属からは、ウマノスズクサと比べ花が半分ほどの大きさしかないマルバウマノスズクサを対象として研究を行う。前者は労働寄生性であるシロガネコバエ科の昆虫に送粉されることが先行研究から明らかになっているが、後者は送粉者が明らかでない。花のサイズが小さく、シロガネコバエは通れない花冠をもつと考えられるので、同じく労働寄生性のヌカカ科が送粉者になっている可能性を考えている。カモメヅル属、ヤマノイモ属のヌカカ媒植物の花香と比較することで、収斂が起きているかを観察したい。また、並行して過去の研究のレビューを行い、本研究で得られたデータと合わせて解析を行い、双翅目昆虫に送粉される植物において、花香に基づいたグルーピングが双翅目の分類群を反映するのかどうかの検討を行いたい。
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