研究課題/領域番号 |
20K20410
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補助金の研究課題番号 |
19H05476 (2019)
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研究種目 |
挑戦的研究(開拓)
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配分区分 | 基金 (2020) 補助金 (2019) |
審査区分 |
中区分1:思想、芸術およびその関連分野
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研究機関 | 龍谷大学 |
研究代表者 |
中谷 英明 龍谷大学, 公私立大学の部局等, 研究員 (20140395)
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研究分担者 |
入澤 崇 龍谷大学, 文学部, 教授 (10223356)
末木 文美士 国際日本文化研究センター, 研究部, 名誉教授 (90114511)
佐伯 啓思 京都大学, 人と社会の未来研究院, 特任教授 (10131682)
新宮 一成 奈良大学, その他部局等, 特別研究員 (20144404)
市川 裕 東京大学, 大学院人文社会系研究科(文学部), 名誉教授 (20223084)
村井 俊哉 京都大学, 医学研究科, 教授 (30335286)
小野塚 知二 東京大学, 大学院経済学研究科(経済学部), 教授 (40194609)
伊東 貴之 国際日本文化研究センター, 研究部, 教授 (20251499)
池内 恵 東京大学, 先端科学技術研究センター, 教授 (40390702)
久松 英二 龍谷大学, 国際学部, 教授 (90257642)
清水 耕介 龍谷大学, 国際学部, 教授 (70310703)
嵩 満也 龍谷大学, 国際学部, 教授 (40280028)
熊谷 誠慈 京都大学, 人と社会の未来研究院, 准教授 (80614114)
山本 真也 京都大学, 高等研究院, 准教授 (40585767)
舟橋 健太 龍谷大学, 社会学部, 准教授 (90510488)
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研究期間 (年度) |
2020-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
25,480千円 (直接経費: 19,600千円、間接経費: 5,880千円)
2022年度: 5,720千円 (直接経費: 4,400千円、間接経費: 1,320千円)
2021年度: 5,330千円 (直接経費: 4,100千円、間接経費: 1,230千円)
2020年度: 5,850千円 (直接経費: 4,500千円、間接経費: 1,350千円)
2019年度: 8,580千円 (直接経費: 6,600千円、間接経費: 1,980千円)
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キーワード | Atthakavagga / 利他 / 利己心 / nibbana / 潜在意識 / 認識論 / papanca / Suttanipata / 自省 / 涅槃 / 自己否定 / 慈悲 / 安寧 / アイデンティティ / 宗教 / ブッダ |
研究開始時の研究の概要 |
本研究は「自省」と「利他」という2原理に拠る「自省利他」思想を究明し、それを世界の人々のアイデンティティとして現代社会に実装する方法を探求する。 古来宗教や哲学がしばしば指摘し、また現代の脳科学も示唆するように、ヒトの最大の特性は「自省」と「利他」の行為が極めて優れているところにある。従って、両原理が十全に働いた時、社会と個人のあり方が最も安寧なものとなると推定し、それら2原理が現代世界において十全に働く条件を理論と実践の両面において、また人文・社会・自然の3科学の視点を重ね合わせて総合的に究明するとともに、その社会実装のための方策を探る。
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研究実績の概要 |
本科研は最古の仏典『八群品』(スッタニパータ第4章)の「自省利他」思想とその社会実装を研究し、重要な発見を行った。諸報告、講演はhttp://www.classics.jp/HN 参照。 (1)『八群品』の古さ:1)韻律統計は、リグ・ヴェーダ古層に始まる4行詩アヌシュトゥブの3行詩ガーヤトリーからの独立行程が千年後のマハーバーラタまで継続し、『八群品』の韻律が後期ヴェーダに近く、マハーバーラタ段階にある他のパーリ聖典とは一線を画する事実を示す。2)『八群品』の詩節配列はリグ・ヴェーダのマンダラ法と八群法を併用する。両配列法は他のパーリ仏典にはない。3)語形、語意等は上記HP【中谷2014】参照。 (2)『八群品』の解明:1)五位相二様態意識説:ニッバーナ(利己心の消尽)は、顕在・潜在両様態を有する意識の五位相を観察して実践する。『義釈』の誤注によって見失われた五位相説を二千年振りに復元し、パパンチャを初めて「喃語」と特定した。2)ニッバーナは固定した境地ではなく、継続的自己刷新であり、環世界に親和する安寧の心を養い続ける「過程」である。3)洞察力である安寧の心は見・聞・思・信仰を絶対視しない。ニッバーナと洞察力を「自省」と呼べば、自省に拠る生は「利他」と呼べる。4)ヴェーダとの関係:五位相説はリグ・ヴェーダの宇宙開闢讃歌に対する『百道梵書』の注釈を下敷きとする。『八群品』の韻律、詩節配列法、五位相説、ニッバーナ等はヴェーダの伝統を踏まえつつ、根本的に変革したものである。 (3)「自省利他」の社会実装:プラトン、孔子、キリスト等、「自省利他」とも呼び得る理念を語った宗教者・哲学者は数多い。ブッダのそれは伝統的意識分析に立ち、1)自身の誤謬不可避性の自覚、2)利己心払拭過程の継続、という特長を有する。それは究極の柔軟性、創造性と優しさを備えさせ、世界の諸難問解決に貢献するであろう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
スッタニパータ第4章『八群品』は、19世紀末以来、語形や内容の古さが指摘され、最近では第5章「到彼岸品」と共に最古の仏典とする説がコンセンサスとなっていたものの、決め手を欠いていた。中谷は本科研開始以前に韻律、語形、語意等を精査し、『八群品』のみが最古であること、『八群品』の五位相説が、前1世紀頃の注釈『義釈』による指示代名詞itasへの誤注によって意味不詳となったこと、2千年振りに解読された五位相説は、ニッバーナに用いられる認識機序記述であることを解明していた。 今回、五位相説は、認識機序であると同時に乳児以来の心理成長の記述でもあること、リグ・ヴェーダの宇宙開闢讃歌に対する『百道梵書』の注釈を下敷きとすること、また不明とされてきたパパンチャ(第1位相の潜在意識の象徴)が「喃語」であること、を発見した。五位相説の解明によってニッバーナが静止した「悟りの境地」ではなく、継続的自己刷新の「過程」であることも特定し、『八群品』が他の「原始仏典」とは原理を異にすることを明らかにした。またパーリ聖典中『八群品』のみがリグ・ヴェーダの2種の詩節配列法を継承する事実の発見の結果、『八群品』16経中にあって孤語が集中し、ブッダの神話的呼称「兜率天から降下された御方」も存在することから後代付加が疑われる1経も、-『八群品』の名の由来である八群法によれば全経数は8の倍数16のはずのため-、編纂当初から存在したこと、従って『八群品』編纂はブッダの神格化が始まった仏滅直後であったことも判明した。 こうして従来の「ブッダの仏教」とは哲学原理を異にする真のブッダの仏教が、その言葉を伝える『八群品』の後期ヴェーダ聖典との密接な諸関係や編纂経緯も含めて明らかになった。 これらの諸発見は発足当初に予期されておらず、この意味において本研究は、コロナ禍による遅滞を差し引いてもなお「計画以上に進展した」と言えよう。
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今後の研究の推進方策 |
五位相の解明によって、ニッバーナ(涅槃)は修行の到達点としての静止した境地ではなく、利己心払拭の不断の自己刷新過程と判明した。財や一族等の「欲望の対象」への固執を放棄し、見、聞、思、信仰 -現代における文化、科学、哲学、宗教- すなわちあらゆる「見解」に信を置かない洞察力が、このニッバーナから生まれる。 利己心を能う限り離れようと努めるニッバーナと洞察を「自省」と呼び、その自省に拠りつつ為す行為を、-ニッバーナは自他の二元を許さないが、今仮に-「利他」と呼ぶならば、古今の聖賢の多くは夫々の「自省利他」を説いたとも言えよう。 その中でブッダの「自省利他」の特長は、1)無自覚の利己心の常在の自覚、2)利己心払拭による環世界に親和する安寧の心の長期の涵養、である。これらはインド古典の二知、「潜在意識の自覚」と「繰返し行為による心の育成」に基づく。ブッダの創見である特長は、3)ニッバーナを利他に向かう不断の自己刷新過程と見る点にある。ブッダは利他(「慈」)を分節しない。その時々に自省によって示される利他をめざす行為が利他なのである。一切の「見解」を放棄しつつ、ニヒリズムや相対主義に陥らない、確実で柔軟な「自省利他」がここにある。 現代の民主主義、人権等の基本的価値の根底には「利己的人間」という人間観が在るが、西欧に根強い「無意識否定志向」によってか、個々人に潜む利己性は殆ど問題視されない。しかし、「利己的人間」という人間観を維持する限り、諸問題への対処は弥縫策に留まろう。これを「自省利他的人間」に置き換えれば、問題解決への道が開けるのではないか。自身の誤謬不可避性の自覚の浸透だけで戦闘は減り、環世界に親和する安寧の心が涵養されれば世界は静謐となるであろう。「自省利他」こそ、人々に道を示す羅針盤ではなかろうか。 人文・社会・自然の3科学を結集し、さらに「自省利他」に関する研究を深めたい。
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