研究概要 |
本研究では,まず歯科医療機関に通院する成人患者253名(男105名,女148名,年齢30-94歳)を対象として,全身の健康状態,運動・スポーツ習慣の有無,過去3年間の転倒事故経験の有無,現在の歯および咬合状態に関するアンケート調査を実施し,運動・スポーツ習慣と歯・咬合状態と転倒事故経験の関連性等を分析した。この結果,運動・スポーツ習慣のある者の転倒事故経験がむしろ高い傾向にあった。一方,臼歯部咬合支持が確保された良好な歯・咬合状態を有する者の転倒事故経験率が低い傾向を認めた。次いで前歯部接触型スプリントにより臼歯部が離開した咬合状態とした健常成人5名(23-29歳)ならびに可綴性義歯を使用している健常患者5名(58-71歳)を対象として,経皮電気刺激を用いた下肢外乱負荷実験を実施し,姿勢立ち直り反応動作を解析した。実験の結果,前歯部接触型スプリント装着により実験的に臼歯部咬合支持を喪失させた状態では,重心動揺軌跡長および最大振幅が増加する傾向を認めた。逆に,可綴性義歯を装着して安定した咬合位を確保した患者では,姿勢外乱からの立ち直り動作時の前後および左右方向の最大振幅は減少する傾向が伺えた。以上の結果より,歯の喪失を予防し,例え歯を欠損したとしても,適切な補綴処置を施し,生涯にわたって適正な咬合関係の維持に努めることは,健全良好な咀嚼機能の確保のみならず,身体バランス機能の減退予防に,さらには転倒事故の予防にも有用である可能性が示唆された。
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