研究概要 |
多くの感染症は粘膜面を介して生体に侵入する。近年、粘膜免疫を指標としたワクチン開発が多くなされており、エンテロトキシンをアジュバントとした経鼻ワクチンは、その有効性から期待が持たれていたが臨床試験において顔面麻痺を引き起こし、安全性が問題となっている。有効性、安全性、そして簡便なワクチン接種方法を開発するため、経舌接種の可能性を検討する事を目的とした。マウスに抗原としてOVA、アジュバントとしてコレラ毒素(CT)を用い、マウスの舌に塗布した。一定期間後、血漿および粘膜分泌液中のOVA特異抗体価、各種臓器における特異抗体産生細胞数を測定し、また安全性に関する試験を行った。C57BL/6マウスの舌の上面または下面にOVAを100μgとCTを0,0.5,5μgを塗布した。血中のOVA特異的IgG抗体価はCT非投与群では低レベルであったが、CT投与群では高レベルで特異抗体が観察された。糞便抽出液中のOVA特異的IgA、IgG抗体もCT投与群で検出された。粘膜組織においてもOVA特異的IgG、IgA産生細胞がELISPOT法で確認できた。経口免疫を行ったマウスでの糞便抽出液中のCT-B特異的IgG、IgA抗体価は経口免疫群>舌下免疫群>経舌免疫群の順であった。ワクチン効果を比較するためにCTを経口、舌下免疫した。下痢の度合いは、Fluid Accumulation(FA)=下痢を含む小腸の重量/(マウス体重-下痢を含む小腸の重量)x1,000として測定した。免疫を行っていないマウスで生理食塩水を投与したマウスでのFAは51であったのに対し、20μgのCTを投与したマウスのFAは123でありマウスで下痢が誘導されることを確認した。経舌、舌下、経口免疫を行ったマウスでのFAは64、70、69であった。いずれも非免疫群と比較して有意に下痢を抑制できることが確認された。安全性試験では、経舌免疫と舌への筋注を行った群で検討した。5μgのCTを筋注した群では5日以内に全例で死亡し、0.5μgのCTを筋注した群でも1週間以内に約2割のマウスが死亡した。この時、急激な体重の減少と体温の低下が観察された。0.05μgのCTを筋注した群では1週間以内に死亡した例はなかったが、一時的な体重減少と体温の低下が見られた。経舌免疫群ではこれらの異常および死亡例は無かった。味覚試験では経舌免疫群で異常は見られなかった。舌にCTを塗布するだけでは安全性に問題は無いが、舌に傷などがある場合に副作用が起こる事が想定された。しかし、経舌免疫は粘膜免疫および全身免疫を誘導することが明らかとなり、より安全なアジュバントを使用する事で「舐める」ワクチンには可能性があると考えられた。
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