(研究目的)今年度は文体論、言語学的アプローチによる十三世紀フランスの演劇テクストの問題点についての考察を進めた。いかにして13世紀の作家たちは演劇テクストを作り出したかという問題である。初期の演劇テクストの作家たちがテクストに施した工夫を検証することによって、複数の演技者によって演じられることを前提に書かれた演劇テクストの特徴を明らかにことがこの研究の目的となる。 (研究方法)13世紀の演劇作品の作者の前にモデルとしてあったのは、ファブリオ、宮廷風ロマン、武勲詩などの単独のジョングルールによる語り物文芸のテクストだ。彼らがこうした語り物のテクストのディアローグをどのようにして演劇的に書き換えていったかについて今年度は詳細に検討した。今年度の研究で主要なコーパスとして選択したのは、パリ、フランス国立図書館フランス語837写本(Paris BnF fr.837)に収録されている作品群である。この写本には単独のジョングルールによって朗唱されていたファブリオと複数の役者によって舞台上で演じられるために書かれたと考えられる演劇テクストの両方が収録されている。後者についてはリュトブフの『テオフィールの奇跡』、作者不詳『アラスのクルトワ』、そしてアダン・ド・ラ・アルの『葉陰の劇』の抜粋がこの写本に収録されている。興味深い点はこの写本に収録されている演劇テクストにはすべて、ファブリオ的な「語り」の要素が含まれていることだ。また写本のレイアウトから見ても、ファブリオとこれらの演劇作品の間には顕著な差がない。 (研究成果)2010年3月に837写本を所蔵するパリの国立図書館を訪問し、写本の記述と写本に収録されたテクストの校訂を詳細に検討した。そこで明らかになったのは、これまでズムトールが指摘していた13世紀フランス文芸におけるジャンルの曖昧さ、流動性という問題がこの写本に収録されている演劇テクストでは典型的なかたちで現れているという事実である。837写本収録のテクストは演劇と語り物の間にある様々な段階の中間形態を示している。これらの調査結果については、平成22年度中に学会で発表し専門家の意見を仰いだ上で、論文の形にまとめて発表する予定である。また作成した研究書誌は平成22年4月中にウェブページ上で公開する予定である。
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