研究課題/領域番号 |
21H01889
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研究種目 |
基盤研究(B)
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配分区分 | 補助金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分32010:基礎物理化学関連
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
宮坂 博 大阪大学, エマージングサイエンスデザインR3センター, 特任教授 (40182000)
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研究分担者 |
五月女 光 大阪大学, 大学院基礎工学研究科, 助教 (60758697)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
17,810千円 (直接経費: 13,700千円、間接経費: 4,110千円)
2023年度: 2,210千円 (直接経費: 1,700千円、間接経費: 510千円)
2022年度: 4,290千円 (直接経費: 3,300千円、間接経費: 990千円)
2021年度: 11,310千円 (直接経費: 8,700千円、間接経費: 2,610千円)
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キーワード | 光誘起電子移動 / 多重励起 / フェムト秒ダイナミクス / 逐次二光子吸収 / 光イオン化 / 電子移動 / 多重励起過程 / ピコ秒ダイナミクス / 多光子吸収 |
研究開始時の研究の概要 |
光誘起電子移動は光エネルギー変換や光物質変換にも深く関わる過程であり、その高効率化は重要な課題である。このためには、励起状態寿命の間に迅速に反応が進行し電荷分離状態が高収率で生成すること、後続反応のためには電荷分離状態が高エネルギーを持ち、かつ再結合反応が遅いことの3条件が必要となる。しかし電子移動反応速度は始終状態間のエネルギー差に依存し、3条件を同時に満足することは一般的には困難であった。本研究では、多重励起により生成した高位励起状態を利用し長距離の電子供与体-受容体間の電荷分離反応を進行させることで、2光子を利用した上記3条件を満たす新規高効率電荷分離状態生成手法の開拓と確立をめざす。
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研究実績の概要 |
光誘起電子移動反応はエネルギー変換に深く関わる過程であり、その高効率化は重要な課題である。本研究では多重励起により生成した高位電子励起状態からのイオン化を利用し距離の離れた電子供与体-受容体間での電荷分離反応を進行させることで、(1)迅速かつ高収率に、 (2)高エネルギー、かつ (3) 再結合反応が遅い電荷分離状態の生成手法の開拓と確立を目的としている。2022年度は、以下の点から研究を行った。 ① 低エネルギーイオン化を可能とする特異電子状態の特定と機構解明:溶液中において、置換基を持たない芳香族化合物は迅速に(< 100 fs)光イオン化が進行するが、N,N-ジメチルアミノ基を有する芳香族化合物では、溶媒和の時間程度(数100 fsから数 ps)の時定数で光イオン化が観測される。2021年度に続きヘテロ芳香環化合物であるN-メチルベンゾカルバゾールの光イオン化を測定した結果、N-メチルカルバゾールでは“遅いイオン化過程”が見出されたが、より大きなN-メチルベンゾカルバゾールでは“遅いイオン化過程“は進行しない事が判明した。詳細を検討するためにワークステーションを導入し分子軌道計算を行ったところ、N-メチルベンゾカルバゾールイオン化の前駆体として考えられる高い電子状態としてRydbergのような軌道が見出されず、遅いイオン化に対するRydberg状態の寄与を支持する結果が得られた。② カチオン-電子間距離の見積もり:昨年度に開発したクーロン場内での拡散方程式の数値解析プログラムを用いて、極性および無極性溶媒中の実測のイオン化状態の時間変化の解析を行った。その結果、極性溶媒中でも溶媒和前の短時間では低極性溶媒中のように、大きなクーロン引力と電子の移動度が効果的に作用し、放出直後の電子の極大距離や分布が変化し、その後のジェミネート対の時間変化に影響を与えていることが判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題は、① 低エネルギーでイオン化を可能とする特異電子状態の特定と光イオン化過程の機構解明、② 他分子への電子捕捉過程とその電荷分離状態の特性の解明、③ カチオン-電子間距離の見積もりの観点から、フェムト秒過渡吸収測定、レーザー計測システムの構築、解析ソフトの開発、量子化学計算などを行ってきた。その結果、①から③については上述のように進捗している。特に①の機構解明では、高位電子励起状態の電子状態の特徴と遅いイオン化過程の関連が見出されてきており、中心力場を形成可能な局在したカチオン状態と遠方に存在する電子に対応するRydberg状態が“遅いイオン化過程”を進行する特異電子状態であることが明らかになりつつある。③ カチオン-電子間距離の見積もりについては、開発したソフトウエアをも用いた解析から、2~4 nm程度の初期対間距離とその分布関数が得られている。また、この計算の結果、極性溶媒中でも溶媒和前の短時間領域では、無極性溶媒と同様に大きなクーロン引力と高い電子の移動度のために、イオン化直後の電子とカチオンの距離が短くなりまた分布も広くなることが示された。この分布の変化を考慮することで、数10ピコ秒からナノ秒のジェミネート対の時間変化を再現できることも示され、今後の研究展開に対する重要な知見が得られた。更に、実験から得られた無極性溶媒中のカチオン-電子対の時間変化の解析から、同じ溶質、同じ励起エネルギーを用いた場合でも、電子の易動度の大きな溶媒中では、初期のカチオン-電子対の対間距離が大きくなることが見出された。これは、放出電子が初期の運動エネルギーを熱化により失う過程で易動度が大きな役割を果たすことを示しており、置換基を持たない芳香族化合物は迅速に(< 100 fs)光イオン化が進行することを支持する結果である。以上のように、最初の年次計画を超えて研究が進捗している。
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今後の研究の推進方策 |
① 低エネルギーでイオン化を可能とする特異電子励起状態については、現在までの実験および理論的な研究の結果から、Rydberg状態の寄与が強く示唆されている。実験的には、他のいくつかのヘテロ芳香環化合物のイオン化ダイナミクスを測定し “遅いイオン化過程”を可能とする電子状態の特徴を量子化学計算も含めて解明する。また、カチオンラジカルの電子励起状態に対しても計算手法を用いて、スピン密度に関する知見を明らかにし、N近傍に局在したカチオンのエネルギーレベルと“遅いイオン化過程”の相関を明らかにする。② については、フェムト秒からマイクロ秒に至るダイナミクスの解明から、溶媒和前の電子と溶質の反応、溶媒和後の電子と溶質の反応、アニオンラジカルと溶質の反応などを実験的に明らかにしながら、電荷シフト過程のダイナミクスを確立する。③については、カチオン-電子対の再結合ダイナミクスの測定と解析に加えて、他の溶質を用いたスカベンジ反応も利用し生成直後のカチオン-電子間距離を見積もる。またイオン生成収率の励起波長依存性やカチオンの生成ダイナミクスと合わせて解析することで、“電位が高く再結合速度の小さい電荷分離状態を高速に生成可能な特異電子状態”の特性を明らかにする。これらの研究を展開しつつ、2023年度は研究結果を総括する。
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