研究課題
基盤研究(B)
スペルミジンやスペルミンに代表されるポリアミンは、複数のアミノ基をもつ脂肪族炭化水素の塩基性分子である。中でも分岐鎖ポリアミンは、高温で生育する超好熱菌特有の分子である。本研究では、分岐鎖ポリアミンによって、遺伝子の発現が支配される被制御遺伝子の探索を行い、制御因子としての分岐鎖ポリアミンの可能性を調べ、作用機序の解明を目指す。また、分岐鎖ポリアミンのアセチル化を触媒する酵素についても探索も行い、アセチル体の細胞内での機能を考える。分岐鎖ポリアミン、及びそのアセチル体が、DNA構造へ与える影響を分光学的手法により検証し、超好熱菌の分岐鎖ポリアミンが司る生命ダイナミクスについて考察する。
BCPAで翻訳が促進されるhyhL遺伝子について、その制御領域を特定するために in vitroの翻訳実験を行なった。その結果hyhL構造遺伝子内に制御領域が存在することが明らかになった。制御領域の特定を行うためにHyhLのC末端にHisタグを付与し、HyhLタンパク質の発現を抗His抗体で検出する実験系を確立した。この検出系で制御領域の絞り込みを行なっている。Thermococcus kodakarensis細胞からポリアミンのアセチル化と脱アセチル化に関与する酵素の精製を試みた。現在までに活性の濃縮は進んでいるが、高純度のタンパク質が充分に得られていない。継続して酵素の精製を試みる。T.kodakarensisのBCPA合成酵素遺伝子(Tk-bpsA)をPyrobaculum calidifontis 由来の長鎖ポリアミン合成酵素(LCPA)遺伝子(Pc-speE)と置き換えた変異株を構築したところ、生育の回復が見られた。そこでPc-SpeEを組換え体として精製し、その触媒機構を解析したところ本酵素はノルスペルミンを主要なポリアミンとして合成する酵素であることが示された。BCPA-CQDは大腸菌、枯草菌、緑膿菌、黄色ブドウ球菌、薬剤耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)に対しても高い生育抑制が認められた。そこでこの効果をより詳細に検証するため金ナノ粒子にBCPAを固定化した粒子の作成を試みた。30nmの金粒子でBCPA固定化粒子を作成し、枯草菌に対する抗菌活性を評価したところ、顕著な抗菌性が確認された。また、海洋性珪藻は長鎖のポリアミンが被殻形成に重要な役割を果たすことが知られている。そこでBCPA合成酵素の遺伝子を海洋性珪藻に導入したところ、珪藻内でBCPAが合成され、珪藻の形状に変化が確認された。
3: やや遅れている
今年度の進捗を妨げた大きな理由の一つは、分析機器(HPLC)の度重なる故障にある。半導体不足とコロナ禍による部品供給の滞りが、修理を長引かせ、研究の大幅な遅延を引き起こしたと感じている。本研究ではBCPAによる遺伝子の発現制御機構を解明するため、被制御遺伝子としてhyhL遺伝子に注目してきた。これまで5’UTR領域に制御領域が存在すると予測していたが、その領域が構造遺伝子の内部にあることが判明し、実験系の再構築が必要となった。さまざまな試みを行なった中でhyhL遺伝子の末端にヒスチジンタグを付与し、抗His抗体での検出を行なったところ、良好に検出がなされた。この検出系の構築も時間を要した。ただここで開発した手法は他の被制御遺伝子にも適用できるため、hyhL以外の遺伝子も並行して研究ができ加速度的に成果が上がるものと期待する。またBCPAを持たない超好熱菌Pyrobaculum calidifontisにおいてノルスペルミンが主要なポリアミンであることを明らかにした。その中心的酵素であるSpeEの構造解析、触媒機構を研究したが、この作業に時間を要した。ただし、ここで得られた知見は高温環境で機能するポリアミンの構造的特徴を考える上で有意義なものになっている。ノルスペルミンとBCPAが有する機能、特に核酸への作用機序は次年度に注力したい。
超好熱菌Themococcus kodakarensis においてBCPAに依存して発現量が変動する遺伝子に関して、その制御領域の特定と機構の解明を継続して行う。2023度はBCPAが発現量を抑える遺伝子にも注目し、in vitroの翻訳実験を敢行する。2022度に引き続きBCPAとそのアセチル体(AcBCPA)の変換を触媒する酵素の探索を試みる。これまでのクロマトグラフィーに加え、疎水性クロマトグラフィーやハイドロキシアパタイトなど精製アプローチを変えた手法を適用する。特定された遺伝子を大腸菌で発現させ、組換え体として精製し、酵素の基質特異性、温度依存性、速度論的解析を行う。2022度の解析で、分岐鎖ポリアミンの合成酵素(bpsA)はPyrobaculum calidifontis のPc-SpeE で部分的に代替できることが示された。P. calidifontis においては、サーモスペルミンからノルスペルミジンを経てノルスペルミンが合成されると予測される。細胞内にノルスペルミンが蓄積するにはPc-SpeEだけでは経路として完成しない。特にサーモスペルミンからノルスペルミジンへの反応が不可欠である。この反応を触媒する酵素の探索を行う。並行してBCPAを固定化した粒子に金ナノ粒子を構築し、スペルミジン金ナノ粒子と抗菌活性の比較を行う。抗菌性はグラム陽性の一般的指標菌(Micrococcus luteusなど)のほか、グラム陰性の大腸菌や緑膿菌でも評価する。
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