研究課題
基盤研究(B)
チラコイドは、光合成細菌(シアノバクテリア)と葉緑体が持つ扁平で円盤状の膜構造体である。ここが光合成明反応の場であり、チラコイド膜に内在する光化学系複合体の機能解明が進んでいる。チラコイド における膜形成は、内包膜からの小胞形成、あるいは内包膜と連結したコンタクトサイトの関与が顕微観察により提唱されているが、膜自体の発生や、分裂・傷害・修復による膜維持の詳細な分子機構は明らかでない。本研究では、分子構造が明らかになったVIPP1とその他の膜機能分子(リモデリング分子)に焦点を当て、膜の変形・融合・修復によりチラコイド膜の分化・恒常性を保ち、光合成を最適化する根本現象を明らかにする。
VIPP1について、大腸菌でHisタグとして発現させる実験を行った。推定されたヌクレオチド結合部位あるいはN末端側のαヘリックス内のアミノ酸に変異を導入したタンパク質を精製し、ネガティブ染色による複合体の観察を行った。これらの変異VIPP1-Hisでは、リング状の構造を安定に観察することができず、棒状および球状のヘテロな複合体を形成することが明らかとなった。次に、これらの変異を持つVIPP1をVIPP1-GFPとして発現させ、シロイヌナズナvipp1変異体の相補を試みた。今年度はvipp1変異がホモの個体が得られたことから、それぞれの変異はVIPP1機能を低下させるものの、相補することができた。一方、N末端側のαヘリックスにアミノ酸変異を導入した個体(N16I)では著しい生育遅延を伴っていた。以上の研究に加え、VIPP1-GFPを発現するシロイヌナズナ個体で、GFP-trapを用いた解析を今年度は行った。この方法により単離したチラコイド膜からVIPP1-GFPを分画することができ、SDS-PAGEにより数種のタンパク質が生成された。これらのタンパク質については、来年度以降、タンデム質量分析により同定を試みる。この手法自体はVIPP1の精製には適していないことから、今後、In vivoでもHisをタグにしたVIPP1の発現系を検討する。VIPP1以外の膜リモデリング分子として今年度はダイナミン様タンパク質FZLの解析も進めた。fzl変異体の電子顕微鏡観察からは葉緑体のグラナスタックが野生型に比べ歪みが生じ、ストロマラメラとの連絡も不明瞭であることから、FZLはグラナマージンに局在してグラナの維持に関わっていることが示唆された。これらの異常なチラコイド膜については、トモグラフィー解析による3次元解析も進め、膜構造の異常を確認した。
2: おおむね順調に進展している
VIPP1-His融合タンパク質を用いたATP/GTP加水分解活性の解析からは、シアノバクテリアで見出されたヌクレオチド結合部位に導入した変異がシロイヌナズナでは影響がないことがわかった。この結果は予想外ではあったが、シロイヌナズナVIPP1は異なる活性部位を持つことを示唆している。これまでのシロイヌナズナVIPP1タンパク質のネガティブ染色による電顕観察でも、上述した変異を加えてもリング状および均一な複合体構造が得られていないため、シアノバクテリアと植物では異なる性質を持つことが考えられた。今年度作成中の、vipp1変異体をVIPP1-GFPで相補する実験系でも同様の結果が得られている。これらの新しい知見が得られた一方で、N末端側のαヘリックス構造の重要性が明らかになっている。VIPP1以外の膜リモデリング分子FZLの解析も順調に進展している。
VIPP1-Hisに変異を挿入したタンパク質でもヘテロなオリゴマー構造が観察されたので、この系(大腸菌でのHisタグ発現)によるタンパク質精製と構造の決定は困難であると予想される。また、ヌクレオチド結合部位についてもシアノバクテリアとシロイヌナズナでは異なる可能性が示された。このため、今後はシロイヌナズナでVIPP1をHisタグとして発現し、タンパク質複合体を精製する実験についても検討する。VIPP1-GFPをシロイヌナズナで発現させる実験系と GFP-trapを用いたタンパク質の分画は順調に進んでおり、今後、VIPP1との相互作用タンパク質を同定して解析を進める。VIPP1以外の解析では、FZL-GFP, CURT1-GFPなどの解析ツールが整備されたので、今後これらの観察を進める。
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