研究実績の概要 |
ピレンに基づく光学材料は、基本的には紫外域にのみ吸収をもつため、その発光は青色に限られる。可視光領域に調整可能な発光をもたせるための工夫のひとつとして錯体化が挙げられ、Bardeenらは電子供与体である芳香族分子と電子受容体である1,2,4,5-テトラシアノベンゼン (TCNB) を1:1で混合した錯体の蛍光スペクトルと蛍光寿命の変化を報告した。しかし、これらの挙動はドナーとアクセプターの相互作用が強い粉末や結晶などの固体状態に限られ、ドナーとアクセプターが解離平衡になる溶液中では観測されない。本研究では、環状ピレンに基づくキラル構造パートとアキラルな蛍光性ゲスト分子による発光パートを別々に設計し、電荷移動に基づく高機能キロプティカル特性の発現を目指した。一連の1,7-7’,1’位直接結合型環状ピレン多量体cCPnは、7,7’位にトリフルオロメタンスルホニルオキシ基をもつビピレニルのNi(cod)2を用いたカップリング反応により合成し、4、6、8、10および12量体を得ることに成功した。このうち環状6量体のcCP6は2,2’位のプロピルオキシ基および10,10’位の水素同士の反発により固定化され、複数のアトロプ異性体の中から(R,R,S)体および(S,S,R)体を単離・光学分割に成功した。一方で、環状4量体 (cCP4) はNMRにより単一の構造が得られていることが明らかとなり、その立体配座は量子化学計算から(R,S)体であることが示唆された。また、THF中および固体状態において、cCP4とTCNBの1:1で混合したところ、THF中では蛍光スペクトルの変化はほとんど見られなかったものの、固体状態では大きく長波長シフトした。この結果より、TCNBはcCP4のマクロ環の中には取り込まれず、固体状態でのみマクロ環の外で相互作用し、CT錯体を形成していると考えられる。
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