研究課題/領域番号 |
21K00253
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分01080:科学社会学および科学技術史関連
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研究機関 | 日本薬科大学 |
研究代表者 |
野澤 直美 日本薬科大学, 薬学部, 客員教授 (00599334)
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研究分担者 |
高野 文英 日本薬科大学, 薬学部, 教授 (20236251)
村橋 毅 日本薬科大学, 薬学部, 教授 (70340445)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,290千円 (直接経費: 3,300千円、間接経費: 990千円)
2024年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2023年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2022年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2021年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
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キーワード | 古土法 / 培養法 / 硝石丘法 / 菌叢解析 / 硝石製造 / 種子島 / 五箇山 / 硝石製造法の起源 / 硝化バクテリア / 硝酸イオン / 硝石製造法 / 歴史科学技術 |
研究開始時の研究の概要 |
当該研究は、①国内外の古文書の再調査や海外調査をし、硝石製造法である「古土法」、「培養法」、「硝石丘法」の3種の方法が我が国においてどのように開発、あるいは伝搬してきたのかを史学的に明らかにし、②それらの製造原理や手法において、重要な土壌の硝化細菌の菌叢をメタゲノム解析するとともに、③実際に硝石製造に関するデモ実験を行ってその教育効果を確かめ、理科教材として高等教育に活かすことを目標とする。また、300年間余にわたり継承された我が国の硝石製造法である「古土法」特に「培養法」は、歴史的にも科学技術的に極めて価値の高いものであることを明らかにする。
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研究実績の概要 |
本研究は、我が国では天然に産出しない硝石の3種の製造法(古土法、培養法、硝石丘法)がどのようにして伝搬されてきたか、その起源を文献調査及び科学的検証をとおして明らかにすることにある。これまで、硝石製造法に関する4報の論文(薬史学雑誌、科学教育研究)を発表している。継続研究3年目(2023年度)の研究実績の概要を示す。 種子島における鉄砲製造と妙薬(火薬)の和合法の完成から約10年後には、厩の土を使っての「古土法」による硝石製造が西日本において確立していた史実がある。中国の硝石製造は大河流域の地表に析出した結晶を集めて再結晶することで朴硝・芒硝とともに得られていた。当時の史料からは木灰を使った硝石製造の形跡は見られない。天然に硝石が採れなかった西欧では、火薬の吸湿性を抑えるため木灰を使って、硝酸塩を硝酸カリウムに変える硝石製造法が16世紀のはじめには確立していたことが史料調査から明らかになっている。木灰を使った我が国の「古土法」は、西欧由来の製造法の影響を強く受けていると考えられる。また、17世紀当初から五箇山で始まった「培養法」は朝鮮出兵の際の捕虜による伝授説がある。朝鮮出兵後と「培養法」の始まった時期が重なることから見出された説と推論している。これまで30軒以上の民家及び神社仏閣等の床下土の分析調査・聞き取りから、「培養法」は養蚕農家が蚕糞に着目した五箇山で見出された独自の製造法である。「硝石丘法」は幕末期に蘭学をとおして薩摩に導入された方法である。鹿児島における現地調査(2024.3月実施)及び史料調査から当時は領内の作硝地は「十ケ郷併せて四二軒」とあり、「硝石丘法」が大規模に展開されていた。「古土法」より収率、製造までの期間がはるかに勝ることから幕末期の短い期間ではあったが、多くの藩がこの製法を取り入れはじめ出していた。上記の起源については薬史学雑誌に投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまで硝石製造法の「古土法」、「培養法」、「硝石丘法(牛糞堆肥による代替)」から実際に硝石を製造する中で、3種の製造法の特徴等を明らかにしてきた。また、「古土法」については古文書に示された内容を科学的に検証し、当時の人々が長年にわたり積み上げた製造法に関する経験的知識が極めて優れていたかを検証してきた。さらに菌叢解析をとおして3種の製造法の相違点、共通点も見出すことができた。 国内外の史料調査や科学的検証及び関連する地(これまで種子島、鹿児島県内)の巡検から、我が国における硝石製造法の起源についての概要を明らかにすることにも至った。起源の検証については現在も継続中である。特に「古土法」については、南蛮貿易や倭寇からの硝石の入手により中国由来と考えられてきたが、木灰の重要性から調査研究の結果、西欧由来であることが色濃くなってきている。「培養法」の起源については、蚕糞に着目した「古土法」から発展した五箇山独自の方法ではないかと推察している。さらに、我が国で行ってきた製造法が、歴史科学技術としての価値ある手法であり、学校教育における探究活動の教科横断型の教材として有効であることから、縮小規模での教材化の開発も行ってきた。また、「種子島の巡検」(2023年)及び「鹿児島硝石丘跡の巡検」(2024年)から、16世紀前期における「種子島」が南蛮貿易の中継地として、又妙薬(火薬)の和合法を明らかにした地として、我が国における「古土法」の伝搬の起点であることも見えてきた。幕末の「硝石丘法」が薩摩でいち早く大規模に行われたことも、時代的背景及び地理的環境から明らかになってきた。さらに硝石製造法の歴史科学技術として文化的価値を広く知らしめるために、江戸期に「古土法」の盛んであった秩父市で硝石製造と祭りに関するシンポジウムを開催(2023年9月実施)することができた。
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今後の研究の推進方策 |
研究の最終年度は、①硝石製造法のうち「古土法」の起源について、当時の中国、西欧の製造法を木灰使用の有無から西欧由来であるとの方向性を打ち出したが、さらに文献史学等の調査からその由来を確定的なものにする計画である。また、②「培養法」についてもかつての養蚕農家の床下土の分析から「古土法」から「培養法」に発展したものとの方向性を打ち出したが、文献史学等の調査を継続するとともに、五箇山の関係者からのヒアリングを早期に実施する。③「硝石丘法」については、蘭学を通しての薩摩藩が始めたことは明らかであるが、これまで牛糞堆肥からの分析と硝石を実際採りだしているが、「硝石丘」を文献にもとづいて積み上げを試みる。④ 菌叢解析を継続する。⑤硝石製造法に関し総合的なまとめをする。
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