研究課題/領域番号 |
21K00370
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分02030:英文学および英語圏文学関連
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研究機関 | 文教大学 (2022-2023) 津田塾大学 (2021) |
研究代表者 |
上神 弥生 文教大学, 言語教育センター, 特務教員B (10826580)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
1,690千円 (直接経費: 1,300千円、間接経費: 390千円)
2024年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2023年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2022年度: 260千円 (直接経費: 200千円、間接経費: 60千円)
2021年度: 260千円 (直接経費: 200千円、間接経費: 60千円)
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キーワード | 翻訳 / 自伝 / ライフライティング / exile / 移民 / 英語翻訳文学 / indirect translation / ライフ・ライティング / エグザイル |
研究開始時の研究の概要 |
本研究は異文化、異言語間の移動を経験した作家が英語で翻訳的に創作した文学と英語に翻訳された文学を、複数言語の文学的遺産に帰属するものと捉え、文学研究において覇権的位置を占める言語で書かれた文学作品が、他の小さな言語の文学的伝統から授かる創造的「恩恵」について考察する。さらに「自伝フィクション」の観点に基づく精読によって、語りの「声」の行為主体性を明らかにするとともに移動の経験にともなう主題の省察と、グローバリゼーションに特徴づけられる現代への文学的応答が、どのような言葉で創造的に表現されているか、多様性と個別性に留意しながら探る。
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研究実績の概要 |
前年度のSvetlana Boymに関する研究から得た知見(自分の読解を提示するという行為には書く主体の「伝記的殺害」が不可避であることを自覚しつつ作者の個別の“life”という文脈を注視することが重要である)に基づき、英語による翻訳的創作の主体を取り巻く社会的、政治的、歴史的文脈を明らかにすることを試みながらVesna Goldsworthyの作品を考察し、『彼女の鎧には亀裂が入っていた』---ヴェスナ・ゴールズワージーの自伝と「ルリタニア」批評を読む」(『言語と文化』第36号掲載)にまとめた。この作家が90~00年代に発表したInventing Ruritania(1998)をはじめとする学術論考と自伝Chernobyl Strawberries(2005)を相互に関連したものとして繙き、英語という覇権言語が想像の「バルカン」を舞台に生み出した帝国主義的ファンタジーに、ユーゴスラビアから英語の文化に移住した作家がいかにクリティカルな応答を展開したか考察した。夏に実施した作家へのインタビューでは、研究者側の作者観の恣意的な方向づけと社会的政治的な作家であるという先入観を自覚させられ、まさに文学研究者として研究対象とどう向き合うかの問題、つまりSvetlana BoymがDeath in Quotation Marks(1991)で指摘した文学研究者の「ネクロフィリア的衝動」と作者の“life”によるその転覆というせめぎ合いを体験する機会となり、作品執筆の文脈への解像度があがった。 並行して現在のウクライナ西部に位置するリヴィウを舞台にしたJozef WittlinとPhilippe Sandsのエッセイを収録したCity of Lions (2016)の翻訳作業、特に訳注の作成と版権取得の手続きに取り組んだ。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Vesna Goldsworthyの学術的企図と自伝的企図は、いずれも作家のがん闘病とユーゴ紛争時の英語メディアによる偏向報道を背景としていたことを確認し、前者では「イマジネーションの産業」が欧米のユーゴ紛争へのパターナリズム的軍事介入を正当化する言説の下地となっていたことを指摘したこと、また後者では死の可能性に直面した作者が幼い息子に自分の声を残すことを動機とし、具体的な文脈を生きた自伝的「私」の身体と結びつけて母語と翻訳のプロセスを語ることでアイデンティティ・ポリティクスを軸に世界を見る視点では掬いとれない一人の人間に内包された文化の複数性の可視化を試みたことを明らかにできた。 Wittlinの"My Lwow"が収録されたCity of Lions(2017)の翻訳は、版権交渉に大幅な時間を費やすこととなり、訳者の仕事はテクストの翻訳にとどまるものではないという学びを得た。翻訳の仕事のこのような側面は滅多に言語化されることがないように思う。本研究課題との直接の関連は薄いかもしれないが、志ある翻訳者の卵たちが参照できるように、いずれ何らかの形でこの経験を記して成果物として残したい。英訳者Antonia Lloyd-Jonesへの夏のインタビューは実現しなかったが、数か月後にメールでやりとりできた。必ずしも盤石な翻訳文学市場があるとは言えない英国で、ポーランド語文学を翻訳で紹介するという容易でない仕事に果敢に挑み続けてきた英訳者からの言葉は、この上ない励ましであった。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる2024年度は、以下の(1)と(2)を中心に研究を進める。 (1)「研究実績の概要」および「現在までの進捗状況」で述べた当該年度の研究で得られた知見をもとに、Svetlana Boym、Vesna Goldsworthy、Eva Hoffmanという英語で翻訳的に創作してきた作家たちの著作の考察に取り組む。本研究の趣旨である翻訳的創作の自伝的側面の注視によって「自伝的『私』」としての翻訳的主体について明らかにすることを軸とし、作家たちが英語という覇権的な言語を創作言語に選び、母語とその文化との異文化コミュニケーションにおけるインフラ面の非対称性や「大きな言語」の量の暴力に直面しつつ、いかにして同化するのではなく差異を創出する書く主体であろうと試みたか、これまで構築した自分なりの視点をまとめる。 (2)City of Lionsの版権交渉を完了させ、出版にこぎつける。あわせて今年度に実施を計画していたが実現しなかったJozef Wittlinのエッセイの英訳者Antonia Lloyd Jonesへのインタビューを実施する。この作品を翻訳した経験と、今年度に取り組んだ間接翻訳に関する理論研究に関連づけながら成果物にまとめる。英語の覇権的位置づけと文化の浸透が非対称性であることへの認識は(1)と共通するが、それを実際の翻訳出版のプロセスと翻訳者の仕事に関連づけて、覇権言語による量の暴力に抗うための間接翻訳の意義と、同化を促すグローバル・ランゲージとしての英語ではなく差異創出のためのリンガフランカとしての英語の役割について考察する。Lloyd Jonesへのインタビューとあわせえ、Wittlinの一人娘であるElizabeth Wittlin Liptonにもインタビューを実施したいと考えている。
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