研究課題
基盤研究(C)
この研究は、エジプト語の歴史的な発音の研究の鍵となるコプト語の発音の未解決問題を解明するものです。コプト語は、5千年以上の書記記録をもつエジプト語の、コプト文字で書かれた最終形態です。コプト語以前のエジプト語、つまり、古代エジプト語は、ヒエログリフ、ヒエラティック、デモティックで書かれましたが、母音は書かれませんでした。対して、コプト文字で書かれるコプト語は母音も書きますが、いくつかの母音字の発音と同じ母音字を2つ重ねたときの発音が未解決となっています。そこで、宮川創がドイツで5年間かけて開発した電子テクストコーパスなどで母音字の異綴りや音素配列を分析し、この2つの問題を解決していきます。
今年度は、アシュート大学(エジプト)の講師のMona Sawy氏とともに、未発表の文献も含む、さまざまなコプト語医学パピルスの借用語の綴りと母音の音韻との対応を幅広く分析しました。医学パピルスにはコプト語のテキストの中で、コプト文字で、薬草や病名などの名前を中心に、ギリシア語やアラビア語からの借用語が数多くあります。コプト語医学パピルスにおけるギリシア語・アラビア語借用語の綴りと、コプト語音韻論の解明を目的とした研究を行いました。この研究では、アシュート大学講師のMona Sawy氏と共同で、未発表の文献を含む40の医学パピルスを分析しました。コプト語のテキストには、薬草や病名、薬の名前を中心に、ギリシア語やアラビア語からの借用語が数多く見られます。これらの借用語は、コプト文字で表記されています。コプト語の音韻論は、古代エジプト語の音韻論を解明する最大の鍵となっているものの、その音韻論は未解明の部分があります。ギリシア語やアラビア語の母音組織は、よく解明・再建されているため、それらの借用語の、元言語の当時の発音がコプト語のその借用語の発音に近いという前提から、我々は、40の医学パピルスを用いて分析を行ないました。その結果、コプト語音韻論の諸問題、特に、母音時重複の音価、そして、文字エータと文字エプシロン、および、文字オメガと文字オミクロンの音価の違いを研究しました。実際に、調査でアシュート大学を訪れ、Sawy氏と、エル・ムハッラク修道院などの、10世紀以降のコプト語の碑文の研究を行ないました。また、大英図書館やナポリ国立図書館などで様々なコプト語写本の研究も行いました。これらの現地調査により、医学パピルスの分析で得られた知見を補強することができました。本年度も複数の論文の採択・掲載がありました。また、投稿中の論文も複数あります。
2: おおむね順調に進展している
本研究は、コプト語医学パピルスにおけるギリシア語・アラビア語借用語の綴りを分析し、コプト語音韻論の未解明部分を解明することを目的としている。現在までに、アシュート大学講師のMona Sawy氏と共同で、未発表の文献を含む40点を超える医学文献(パピルス、羊皮紙、オストラコン)の分析を行い、コプト語の母音時重複の音価や、文字エータと文字エプシロン、文字オメガと文字オミクロンの音価の違いについて、新たな知見を得ることができた。その結果を国際論文誌に投稿し、現在、採否通知を待っている。医学パピルスに注目したのは、他のジャンルの文献よりも、7世紀以降は、アラビア語からの、薬草名や病名の単語が豊富だからである。また、エル・ムハッラク修道院などの10世紀以降のコプト語碑文の研究や、大英図書館やナポリ国立図書館などでの写本の研究も行い、医学パピルスの分析で得られた知見を、医学パピルス以外に補強することができた。その結果、判明した事実を2本の論文を国際的な学術論文集に投稿中である。また、本年度にすでに採択が決定した本研究の論文が2件ある。そのほか、本研究の傍証となりうる、コプト文字の母音字を用いた古ヌビア語の母音字の音価と母音字重複の音価について、その分析と対象となる古ヌビア語インターリニアーテキストコーパスの開発も含めて、古ヌビア語研究の第一人者であるVincent W.J. van Gerven Oei氏と進めた。この分析結果に関して、2本の論文を執筆中であるほか、コーパスに開発に関して1本論文が掲載確定しており、さらに、コーパスのデジタル化を加速させるOCR(光学文字認識)の開発に関して1本論文が国際会議プロシーディングズに掲載された。
コプト語の母音字の音価研究は、古代エジプト語の母音体系の解明に大きく貢献するものであり、歴史言語学的にも大きな意義を持っている。今後もさらなる解明を進めていく。特にこれまで研究を行ってきた医学パピルス以外の、イスラームによるエジプト征服後以降の、アラビア語からの借用語が豊富な碑文も視野に入れる。さらに、コプト語単語のアラビア文字表記が存在する文献に関する分析も行いたい。これらの碑文や文献を研究するため、エジプト現地での調査も予定しており、アシュート大学講師のMona Sawy氏との共同研究を継続する。そこでは、現地の修道院や教会、図書館などに所蔵されている未発表の文献や碑文の調査を行い、新たな知見を得ることを目指す。アシュートとその周辺地域は、コプト語の重要な文献が多数残されている地域であり、現地調査は非常に重要である。さらに、フィッツウィリアム博物館やペンシルベニア大学博物館、ガースタング考古学博物館など欧米での博物館や図書館などでの碑文・文献調査を予定している。本研究が用いている、写本の高精細画像を、IIIF(国際的な画像の相互運用の枠組み)を用いて世界中の博物館や図書館などのデジタルアーカイブから収集し、OCR(光学文字認識)の訓練データを作成する方法論について国際学会ICDARのワークショップIWCP2024で発表することが内定している。そのほか、現在複数の国際学会での発表を予定しており、同時に複数の国際学会誌論文およびプロシーディングズ論文を投稿中である。また、ギリシア語借用語に前鼻音を表すと思われる表記が現れるマニ教文献もそのギリシア語借用語について研究する。以上のように、本研究では新しい観点を組み入れながら、国内外の研究機関との連携を深めつつ着実に成果を積み重ねる。古代エジプト語史の母音体系の解明につながるコプト語母音体系の解明に向けて引き続き尽力していく。
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すべて 国際共同研究 (12件) 雑誌論文 (32件) (うち国際共著 7件、 査読あり 23件、 オープンアクセス 19件) 学会発表 (120件) (うち国際学会 47件、 招待講演 58件) 図書 (5件) 備考 (4件) 学会・シンポジウム開催 (8件)
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