研究課題/領域番号 |
21K00937
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分03040:ヨーロッパ史およびアメリカ史関連
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研究機関 | 茨城大学 |
研究代表者 |
伊丹 一浩 茨城大学, 農学部, 教授 (50302592)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
3,250千円 (直接経費: 2,500千円、間接経費: 750千円)
2025年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2024年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2023年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2022年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2021年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
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キーワード | フランス / オート=ザルプ県 / 山岳地 / 災害対策 / 農村経済 / 製酪組合 / 県文書館史料 |
研究開始時の研究の概要 |
近年、歴史学の分野において自然災害を対象とする研究が盛んとなっており、フランスでも同様である。その中で、荒廃山岳地における災害と農村経済との関係を追究するものも出現しているが、両者の相克や融和の実態は、いまだ分析が十分にされていない。 そこで本研究では、フランス南部オート=ザルプ県の3農村(オルシエール村、サン=ローラン=デュ=クロ村、リストラ村)を対象に、荒廃山岳地における災害対策としての植林事業と農村経済との相克を構造的に分析するとともに、ヒツジの放牧経営からウシの飼育への転換を促進することで、災害対策と農村経済を共鳴させる重要な役割を果たした酪農組合に関わる政策と展開について明らかにする。
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研究実績の概要 |
2022年度に引き続き2023年度でも19世紀フランス・オート=ザルプ県における製酪組合普及に関わる動きについて、県文書館史料や県会議事録などにより、荒廃山岳地の植林事業をめぐる議論や動きと結びつけて分析した。 すでに分析を進めていた模範組合だけではなく、県東部ケラ地域に存在した一般組合やブリアンソネ地域、シャンソール=ヴァルゴドゥマール地域に存在した一般組合について分析し、模範組合の事例との比較考察を進めた。そして、それをもとに、県会議事録を中心に実際の製酪組合の経営実態や問題と行政や県会議員による把握との関連付けを行い、山岳地の植林事業の実施や、その問題、住民との軋轢と関連付けた分析を進めた。加えて、これら分析を補完するために、先進地に関わる同時代の資料によりつつ、後進地といえるオート=ザルプ県での受容や限界について比較考察を進め、自然的経済的不利性が当県組合の競争力を削いでいたことを明らかにした。 当県製酪組合は、後退傾向を見せてはいたものの、それでも、企業的製酪と競合しながら20世紀初頭以降にも存続した。そこで20世紀の農業調査や農業統計、当県農業や酪農にかかわる印刷資料や報告書等を手掛かりにした実態解明、発展過程にあった企業的製酪との比較分析、農村経済の中での軋轢や相克に関わる分析にも着手した。牛乳販売協同組合やネスレ社などの大企業と取引開始の中から生み出される流通システムの形成や構造に焦点を当てつつ、19世紀との断絶と連続、農村経済の活性化との関連、災害対策や関連政策との関係について分析を開始した。 あわせて、本研究課題の現代的意義を鮮明にするためにSDGsの目標15(陸の豊かさも守ろう)に関わる情報収集と内容の検討を行い、本研究成果が、現代社会が抱えるクルーシャルな問題と解決に向けて模索が進む対策への逆照射の可能性を豊穣に孕むことを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上記の研究実績の概要で記したように19世紀フランス南部オート=ザルプ県における災害対策と農村経済の相克・共鳴を明らかにする作業として、県文書館の関係史料や県会議事録などの分析を進め、模範組合以外の一般組合に関して運営の実態や課題を明らかにした。そこでは、グリュイエール・チーズの製造を目指した模範組合とは異なり、ブルー・チーズの製造が目指されており、行政当局の政策的意図や問題意識と異なる形での生産が展開しつつあったこと、よって補助金交付において金額などに関して不利な状況にあったこと、技術的な支援に関しても手厚いものを受けることができず、むしろ、生産者自身が先進地から技術者を招聘するような独自の自律的動きが見られたこと、それでもなお、グリュイエール・チーズ製造組合と同様にチーズ相場の影響を受けて、組合存続に困難を抱えるケースが存在していたことなどを明らかにした。 また、その後、20世紀以降、当県では酪農生産者の協同組合が設立されており、ネスレなどの大企業と取引をしており、その中で、製酪加工が後退するとともに牛乳の流通機構の組織化が進みつつあったことも明らかになりつつある。研究のさらなる深化と充実のため、この様な牛乳の流通や加工形態に関わる19世紀と20世紀とのとの比較検討、断絶と連続、農村経済の活性化との関連、災害対策や関連政策との関係分析にも着手した。 加えて、本研究の現代的意味を鮮明にするべく、製酪組合普及政策による地域活性化と荒廃山岳地の植林事業との関係について、SDGsの目標15(陸の豊かさも守ろう)における地域経済のへの影響との比較考察も試みた。両者ともに、環境保全や災害対策を実現しようとする試みであるが、同時に、対象地域の経済的成り立ちを削り取る動きも検出され、政策や取り組みのあり方に加えて、より包括的に社会や経済のあり方そのものを相対化する必要を指摘した。
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今後の研究の推進方策 |
上記に示したように本研究の進捗状況はおおむね順調であり、このような実績をもとにして、今後、研究を推進していく予定である。まずはオート=ザルプ県文書館所蔵史料の分析を考えているが、それに当たっては、これまで分析が手薄であり、また、20世紀以降にも製酪や酪農が一定程度展開する県中北部シャンソール地域の製酪組合に関して、その経営や生産の状況、生産額、費用、受け取りが生じていた場合には補助金額、軋轢や紛争などに関して分析を進め、これまでに明らかにしてきた事例との比較を通して、研究の充実度を向上させたい。 そして、県中部ギャップ周辺地域に関わり製酪組合を普及させようとの動きが19世紀後半に存在しており、そこで目指されていた路線が、森林行政が推進しようとしていたグリュイエール・チーズの導入とは異なる方向であったようであるので、その点を押さえつつ、地域経済の活性化や製酪品流通過程における生産者の利益確保に関する議論についても検討を加えたい。この分析により、現在、オート=ザルプ県を含めてフランス全土において広がりを見せつつあるAMAPなど産消提携の動き、短経路流通の取り組みや再地域化に関わる取り組み、経営の多角化に関わる歴史的意義を解明することにも繋がるのではないかと考えられ、ひいては、本研究の中心的論点である19世紀における製酪組合普及政策の現代的意義も鮮明にすることが期待できよう。 加えて、これも上に述べたように20世紀以降にも当県製酪組合の中には引き続き存続するものが存在するとともに、新しい製酪のあり方や流通形態が広まりつつあったので、こうした動きに関しても、同時代の農業調査、農業統計、オート=ザルプ県文書館所蔵の史料などを用いて実態と課題と対応とを明らかにし、19世紀の組合との比較分析を通して、災害対策との関連で打ち出された製酪組合普及政策の意義を鮮明にしたい。
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