研究課題/領域番号 |
21K01058
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分04030:文化人類学および民俗学関連
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研究機関 | 神戸大学 |
研究代表者 |
王 柯 神戸大学, 国際文化学研究科, 名誉教授 (80283852)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,030千円 (直接経費: 3,100千円、間接経費: 930千円)
2024年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2023年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2022年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2021年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
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キーワード | ウイグル / 亡命者 / 民族の集合心性 / 普遍的価値 / 自民族の国家 / 文化人エリート / 移住カザフ人 / 政治的眼差し / 歴史的心性 / 喪失感 / 資本主義社会 / 記憶 / 亡命 / 知識人 / 移民移民 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究亡命ウイグル人個人またはグループによる政治的眼差しに対する歴史的に形成された民族の集合心性の影響と、今日欧米に亡命する民族エリートが受け入れた平等・民主・自由・法治・人権という近代世界の普遍的価値観の影響の二者関係、または二者の連接点と連接メカニズムを検証し、亡命者が主役となりつつあるウイグル民族の反抗運動の性格と意義を考察し、その上に欧米諸国への民族的エリートの大量流出がウイグル社会の将来について中長期的に如何なる影響をもたらすのかを分析することである。
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研究実績の概要 |
面会や通信の方法で亡命ウイグルに対する調査を続け、亡命者たちの思想遍歴がおよそ以下の段階に分けられることを把握した。それは、家庭における民族の伝統慣習の受け入れ、初等教育段階における「中国革命」思想の鵜呑み、中等教育段階における民族文化と民族意識への目覚めとイスラームへの開眼、ウイグル社会の伝統秩序と正反対の中共支配下のコネ社会に対する嫌悪感の生まれ、高等教育段階における近代的人文社会科学知識への接近、就職の段階と職場における民族差別の苦しい経験、ウイグル人という理由で虐めや迫害を受けて出国や亡命、亡命先における社会進出や生活の現状と民族意識との結びつき、普遍的価値の受け入れ、などである。そして、ウイグル民族の集合心性は個々人の亡命者にいかに沈殿するかは、亡命後だけではなく、亡命以前の思想遍歴、とにかく高等教育段階からの個人経験にも大きく関係すると判明した。 民族差別と民族弾圧に耐えられず、ウイグル人だけではなく、新疆ウイグル自治区から民族総人口の十分の一にあたる十数万人のカザフ人も故郷を離れてカザフスタンに移住した。2023年度にカザフスタンに移住したカザフ人の国家アイデンティティについて調査する機会を得て、その際、現地に亡命しているウイグル人にも接触した。移住カザフ人と比較するという視点を入れたため、ウイグル人の民族的集合心性の特殊性とその原因についての理解を深め、民族国家の有無が民族の集合心性に対する影響は極めて大きいことを把握した。 以上の研究成果に基づき、その一部を論文「当代中国の民族主義のキャリアと共犯関係ーー新疆の漢人社会の例を通じて」(中国語)にまとめた。さらに国際研究会議を開き、アメリカ在住のウイグル人亡命者による「思想の遍歴」とオーストラリア在住の亡命中国人作家による「習近平時代の中国における民族問題」という報告がなされた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本来の想定では、本研究が基本的現地調査に基づいて展開されるものであった。しかし、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生によって現地調査はおよそ一年半遅れ、研究はまず文献資料の収集と分析から始まった。そこでウイグル人の民族的集合心性が中国政府の差別的政策以外、漢人社会の民族差別思想にも関係することに気づき、新疆の漢人社会の民族差別思想がなぜ誕生したのか、他民族にいかなる印象を与えたのかについて論文をまとめた。その後、新疆からカザフスタンに移住したカザフ人社会について調査と研究するチャンスを得たため、亡命ウイグル人の民族的集合心性を移住カザフ人の民族意識・国家意識と比較する視点を本研究に導入した。そこで、自分の民族国家を持つカザフ人と違って、自分の民族的国家を持たないウイグル人の民族的集合心性の特殊性も感じられた。具体的に言えば、移住カザフ人にとって、中国新疆での人生経験が移住先のカザフスタンにおいて資源に転換できるが、亡命ウイグル人にとって、その亡命先は未知の異文化の地であるため、自分の民族的特性を生かせる道がまったくなく、ゼロからの再出発を強いられた。亡命にともなう精神と生活の代償は、民族的エリートであればあるほど大きかった。青春時代に心に烙印された民族的集合心性は、同じ亡命者であっても、様々な人生経験を持っているため、亡命先という新しい時空においていかに沈殿するか、とくに普遍的価値の受け入れに対していかなる影響を及ぼすかは、実に様々である。しかしそれを整理し、さらにそこから学術的意義を見出すことには、なお多くの調査と分析が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
これまで得た研究成果に対する検証を含み、今年度も引き続きに亡命ウイグル人の亡命経緯と亡命先における社会進出と生活状況について聞き取り調査を行い、調査の結果を分析する。調査と分析の重点を、1,かつての中国・新疆における人生経験が現在の生活の中で役に立つものがあるかどうかということ、2,なぜ文化人エリートの「喪失感」が特に強いのかということ、3,民族国家が存在しないことと普遍的価値の受け入れとの関係性の究明に置く。 以上の調査と分析を踏まえ、ウイグル人の民族的集合心性が、亡命ウイグル人の人々によってそれぞれどのように受け継かれたのか、その原因はなにかを構造的に分析する。分析の手法として、ウイグル人亡命者たちの個人経験を比較することだけではなく、集団としての亡命ウイグル人の民族的集合心性における変化を、中国・新疆からカザフスタンに移住したカザフ人の国家意識の変容を通じて現れた民族的集合心性との比較も重視する。同じ新疆地域を故郷に、また同じトルコ系イスラーム民族であるにも関わらず、ウイグル人の故郷に対する愛情と主人公意識がより強く、他民族集団についての考えもカザフ人と若干異なるように感じられる。両者の民族的集合心性の相違が、自民族の民族国家を持つか否かという現実にいかに関係するのかを研究し、その特徴と原因を構造的に究明することを目指す。
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