研究実績の概要 |
本研究では、契約法分野で解放奴隷が登場する法文において、解放奴隷が元主人に提供すべき労務(opera)が目的となる事例や恭順義務を扱う事例を扱っていない法文、とりわけD.16,3,1,14、D.17,1,12,8に注目する計画であったので、本年度はこれらの法文を集中して検討し「庇護と自立のはざまでー古典期ローマ法における解放奴隷と委任に関する一考察(法政研究89-3)を執筆した。 この研究を通じ、1)D.3,5,30 pr.によると解放奴隷に委任することは一般的であったことがうかがえること、2)委任を扱う学説彙纂の章であるD.17,1において解放奴隷が委任契約の当事者として現れる法文はD.17,1,12,8の1法文しかないこと、3)他方、D.16,3,1,14では元主人が受任者に解放奴隷との取引を委任していること、4)同様に委任者が第三者との取引を受任者に依頼する法文はD.17,1に多く存在すること、が判明した。このことから、法史料にopera関連以外での解放奴隷の言及が極めて少ない理由を、解放奴隷が市民として完全に統合されていたことに求める端緒を得ることができた。 さらに、これらの法文の分析を通じ、元主人と解放奴隷の関係として、解放奴隷が1)元主人から完全に独立して取引を行う例、2)元主人の事務を解放奴隷が独立の主体として行う例、3)独立して取引を行うも元主人の保証を得る例、4)一時金を受け取って独立する例、5)元主人の履行場所となっている例、が見出された。法史料を用いたこのような研究は、管見の限り、世界的にも例がない。
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