研究課題/領域番号 |
21K01291
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分06010:政治学関連
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研究機関 | 一橋大学 |
研究代表者 |
田中 拓道 一橋大学, 大学院社会学研究科, 教授 (20333586)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,030千円 (直接経費: 3,100千円、間接経費: 930千円)
2024年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2023年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2022年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2021年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
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キーワード | 福祉国家 / 新しい社会的リスク / 社会的投資 / 自由選択 / 労働市場二分化 / 排外主義 / ポピュリズム / 労働市場の二分化 / トレードオフ / ポスト工業化 |
研究開始時の研究の概要 |
グローバル化と産業構造の変化を背景として、先進国の福祉国家は大きな再編のただ中にある。2000年代以降、経済成長と社会的公正を両立させる鍵として、社会的投資戦略に注目が集まってきた。しかし、実際の改革では公的支出を増やさず、市民を就労へと強制するワークフェア型の政策が拡大している。本研究では、「新しい社会的リスク」への対応が困難である要因を二つの「トレードオフ」に見出す。先進工業国の「トレードオフの政治」の構造的差異を明らかにし、トレードオフを乗り越えるための政治的条件を解明することを目指す。
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研究実績の概要 |
本研究では、先進国の福祉国家再編において「新しい社会的リスク」への対応が困難である要因を、新旧の社会的リスクへの対応、労働市場におけるインサイダーとアウトサイダーの選好への対応という二つの「トレードオフ」にあると仮定する。先進国の「トレードオフに対応する政治」の構造的差異と、その克服条件を明らかにすることを目指す。2023年度の研究計画は、2000年代後半からの西欧および日本の福祉改革を検討し、トレードオフ克服の政治的条件を明らかにすることであった。 本年度は三つの研究業績を公表した。(1)ESS、JGSS等の国際社会調査を用いて、西欧13カ国と日本の政策選好を比較する英語論文をAsian Journal of Comparative Politicsに投稿し、査読と修正を経て公表した。この論文では、新旧社会的リスクへの対応、労働市場におけるインサイダーとアウトサイダーの選好について、西欧と日本で「トレードオフ」が存在するか否かを検討した。その結果、インサイダーとアウトサイダーの選好は、日欧の両者で明確な対立が見られないことが分かった。一方社会的リスクに対しては、西欧で新しいリスクに対応する社会的投資への広い支持がある一方、日本では社会的投資への支持が弱いことが分かった。本論文により、本研究の当初の仮説は部分的に修正する必要があることが分かった。(2)単著『福祉国家の基礎理論』を公刊した。本書では、資本主義、国家、社会運動の相互関係の中で福祉国家の存立基盤と現在の変容をとらえることを試みた。現在の福祉国家再編においては、中道左右政党が社会的投資を唱える一方、それに対抗する新興のポピュリズム勢力が「福祉排外主義」を唱えている。両者の対立を乗り越える「左派リベラル」の政治的条件を仮説として示した。(3)その他、本研究テーマに関連する書評、一般向けの論文を公表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
上述の英語論文および単著の公表により、本研究の当初の目的はほぼ達成されたと考えている。主な知見を整理すると、まず労働市場のインサイダーとアウトサイダー間の政策選好の「トレードオフ」は、本研究の主要な仮説であったが、西欧でも日本でもデータによって支持されなかった。積極的労働市場政策、雇用保護などはほぼ普遍的な選好と言える。ただし日本では積極的労働市場政策への選好に関する調査データが不足している。社会的投資と所得保障の「トレードオフ」も、日欧で対立と言えるほどの選好の違いは観察されなかった。ただし、西欧では社会的投資への支持が職業を越えて強く、日本では職業を越えて弱い。この点は、日本で「古い社会的リスクへの対応が拡大すると、新しいリスクへの対応が難しくなる」という仮説と整合的である。現在の西欧での最も重要な政治的亀裂は、リベラルか権威主義かという文化的軸をめぐって存在する。本研究の新たな知見は、中道左右政党が社会的投資へと収斂するほど、それに対抗するポピュリズム勢力が「福祉排外主義」を掲げ、二極対立へと向かう傾向があるということである。両者の対立を調停するためには、社会文化専門職を中心として左派リベラル的な価値観を持つ層が、女性・若者・不安定労働層など新しい社会的リスクにさらされやすい層と連携し、社会的投資と所得保障を両立させる政策を実現する必要がある。 ただし、日本に関しては同様の結論は当てはまらない。日本の社会文化専門職は、育児支援、教育、外国人への態度などにおいて、必ずしも左派リベラル的な価値観を持っていない。日本での政策選好は、相変わらず分配をめぐる左右の対立軸上に分布しており、文化的なリベラル―権威主義の対立は顕在化していない。この点は、本研究の開始時には想定していなかった発見であり、理由や背景についてさらに考察する必要がある。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度となる2024年度は、以下の二点を中心に研究を進める。(1)西欧については公刊済みの研究業績によって当初の目的をほぼ達成したため、積み残した課題である日本について集中的に検討する。なぜ日本の社会文化専門職はリベラルな価値観を持つ者が少ないのか、なぜ日本で文化的価値観をめぐる対立が顕在化していないのかを検討し、新しい社会的リスクへの対応を妨げている構造的な要因について、さらに探究を進める。当初の計画では、イタリア、韓国などとの比較も視野に入れていたが、日本について検討する際、「家族主義レジーム」や「東アジア福祉レジーム」に関する既存の研究に批判的に言及することで対応する。日本で古い社会的リスクへの対応(年金、医療など)と新しい社会的リスクへの対応(育児支援、教育、就労支援)を両立させる政治的条件を明らかにし、英語もしくは日本語の論文にまとめて公表することを目指す。(2)これまでの4年間の研究の知見を、日本を中心にまとめたものを一般向けの新書として公刊する(仮題は『日本型福祉国家』)。この本では、西欧との比較から日本の福祉国家の位置づけと、現在の改革動向を分析する。労働市場二分化、文化的亀裂に関する知見を盛り込みつつ、新旧の社会的リスクへの対応を両立させるための条件を示す。現在、ある新書編集部と刊行について交渉中である。
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