研究課題
基盤研究(C)
酵母Saccharomyces cerevisiaeはワインなどの醸造に用いられ、酵母による原料の資化が酒類の味や風味を決める。プロリンはワインの原料であるブドウ中に最も豊富に含まれるアミノ酸であるが、発酵中の酵母はプロリンをほとんど資化することができず、発酵後も多量に残存する。残存したプロリンは苦味の増加や酸味の減少を引き起こし、最終製品であるワインの酒質を低下させる。申請者は最近、発酵環境中に存在するアルギニンがプロリン資化抑制因子であることを発見した。本研究では、発酵環境下においてプロリンを効率良く資化できる菌株の創製を目的とし、アルギニンによるプロリン資化抑制機構の全容解明を目指す。
まず、Arg以外の塩基性アミノ酸がPro資化能に及ぼす影響を検討したところ、オルニチンやリジンもPut4のエンドサイトーシスを誘導することで、Pro資化抑制因子として働くことが分かった。次に、塩基性アミノ酸存在下でもプロリン資化が可能な変異株の分離を試み、4株を取得した。これら4株の全ゲノムDNA配列を決定したところ、全ての株でArgトランスポーターCan1をコードする遺伝子にアミノ酸置換を伴う変異(Gly434Cys, Leu161Pro, Gly224Cys, Ala379Ile)を見出した。また、これらのCan1変異体を解析した結果、Argトランスポーター活性は、Pro資化抑制の制御と無関係であることが明らかになった。このことから、Can1はArg取込み以外の機能を有することが示唆された。近年、トランスポーターの中で輸送活性以外に外部環境因子の受容体活性を持つタンパク質が報告されている。このような受容体様の機能を併せ持つトランスポーターは「トランスセプター」と呼ばれ、炭素源応答の主要制御系であるProtein kinase A(PKA)シグナルをcyclic AMP (cAMP)非依存的に活性化する。そこで、Can1もトランスセプターである可能性を考え、Arg添加時のPKAシグナルの活性化レベルを検討した。その結果、Arg添加によってCan1依存的にPKAシグナルが活性化することが判明した。また、その活性化はcAMP非依存的に起こることが示された。以上のことから、ArgはCan1依存的にPKAを活性化させ、Pro資化抑制の制御を行っていることが強く示唆された。さらに、Can1はPKAの触媒サブユニットと直接結合し、プロリン資化抑制を制御していることも判明した。
2: おおむね順調に進展している
トランスセプターの関与は当初まったく想像しておらず、プロリン資化抑制において新たな概念を見出すことに成功した。一方で、トランスセプターの下流経路は全く判明しておらず、今後の解析が期待される。
トランスセプターの下流にはPKA経路が存在するため、今後はPKAとプロリン資化の関連を解析していく。まずは、RNAseq解析を通して、アルギニン存在下でどのようなPKA下流シグナルが動くかを検討する。候補シグナルに関しては、遺伝子破壊などを行いプロリン資化制御への寄与を解析する。
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