研究課題
基盤研究(C)
マルチドメイン蛋白質や天然変性蛋白質と言われる,特に柔らかい領域を持つ分子の動態と機能に注目が集まっている.溶液NMRデータは,元々溶液中の分子のアンサンブル情報を含むことから,計測法の改良と,複数状態や確率分布を規定したモデル化により,柔らかな分子の構造を存在確率分布として可視化することが可能である.本課題では,常磁性を用いたNMR計測法や,X線小角散乱法(SAXS)などの他の計測データを統合的に統計解析することで,より自然で,より複雑な蛋白質の構造アンサンブル分布を求め,そこから分子の柔らかさに内在する機能情報を引き出し,構造生命科学の深い理解に繋げることを目標とする.
本研究は,現在開発を進めているmulti-state蛋白質立体構造計算法をマルチドメイン蛋白質に応用し,ドメイン配向のアンサンブル構造を可視化することを1つの目標としている.Multi-state蛋白質立体構造計算法は,従来の可能な限り収束の良い一位の構造を決定することを目指す手法とは異なり,複数状態を仮定して構造解析を行うことで,多形構造をとる蛋白質の個々の状態の構造を同時に決定できる手法である.一昨年度に,この手法を様々なNMRデータにも適用できるようなプログラムの拡張に成功している.モデル試料として,GRB2, FixJ,直鎖ダイユビキチンを用いている.本年度は,multi-state構造計算をGRB2蛋白質へ応用し,GRB2の溶液中でのドメイン配向決定に成功した.これをもとに,GRB2試料の常磁性緩和効果(PRE)と残余双極子相互作用(RDC)を測定し,これらのデータを用いて構造決定を行った.X線小角散乱(SAXS)と分子動力学計算(MD)も行い,これらのデータを統合的に解析することで,より信頼性の高いアンサンブル構造を得ることに成功した.FixJについても,同様な構造解析を進めており,PREと疑似コンタクトシフト(PCS)の測定に成功している.直鎖ダイユビキチンについては,希薄溶液下でPCS,PREの測定,解析とmulti-state構造計算によるアンサンブル構造解析にも成功した.また,直鎖ダイユビキチンをヒト培養細胞に導入し,細胞内でのin-cell NMR測定とPCSの測定にも成功した.昨年度構造解析に成功した,KRasとRGL2の相互作用解析の成果は,科学専門誌に投稿し,現在審査中に段階にある.
1: 当初の計画以上に進展している
GRB2については,アミノ酸選択標識試料などを用いることでNMR共鳴信号の帰属の追加・修正を行うことができた.この帰属データを元に,PRE, RDC, NOE,T1/T2緩和の測定データを再解析し,より質の高い構造情報の取得に成功した.これらのデータを用いて構造解析を行ったところ,GRB2の3つのドメイン(nSH3, SH2, cSH3)のうち,nSH3とSH2とは強くつながって一体化したような運動を持っているのに対し,cSH3は独立して大きなダイナミクスを持つことが分かった.この結果は,SAXS測定とSAXSデータを基にしたアンサンブル構造解析,およびMDシミュレーションからも検証した.直鎖ダイユビキチンについては,特に,in-cell NMR測定で大きく進展した.これまでは標識タンパク質の細胞内への導入には,電気穿孔法を用いていたが,今年度はSLO法を採用した.この結果,直鎖ダイユビキチンの細胞内NMRシグナルの観測と,細胞内でのPCS測定に成功した.一方で,得られたPCS値は主にドメイン内のシグナルであり,ドメイン間のPCS観測には至らなかった.今後は,ドメイン間のPCS観測に向けた試料調製を行い,細胞内での直鎖ダイユビキチンのドメイン配向決定を進める.FixJについては,PREデータの解析を進めている.GRB2とSOS1のプロリンモチーフ(PRM)領域との相互作用と,液液相分離(LLPS)の研究では,GRB2とSOS1の相互作用をNMRとITCで測定し,多価相互作用における結合親和性を解析した.GRB2には2カ所,SOS1には10カ所の結合部位があると予想されていたが,解析の結果,それらの結合は一様ではなく,かなり差があることが分かった.今後は,この結合親和性の差がGRB2とSOS1の相互作用や機能にどのような影響を与えているか,詳細に解析を進めていく.
GRB2蛋白質については,NMR, SAXS, MDを用いて,信頼性の高いアンサンブル構造決定に成功した.本成果については,現在,学術雑誌への投稿準備を進めている.その他のマルチドメイン蛋白質 FixJや直鎖ダイユビキチンについても,同様な構造解析を進めて,他のタンパク質についても希薄溶液中でのドメイン配向やアンサンブル構造の決定を進める.直鎖ダイユビキチンのプロジェクトでは,希薄溶液中でのアンサンブル構造解析に加えて,細胞内でのドメイン配向決定が到達目標の1つであるため,今後は細胞内でのPCS測定の条件検討を進める.すでにドメイン内の細胞内PCSの測定には成功しているが,感度の問題からドメイン間のPCSデータが得られていない.この対策として,感度の高い重水素化とメチル基選択標識を施した試料を調製し,メチル基のNMR信号を観測することで,問題を解決する.FixJについては,システイン変異を導入すると蛋白質が不安定化する傾向が見られたため,さらに別の変異部位の検討とシステイン変異を必要としないRDCなどの測定を行い,ドメイン配向に関する構造情報を増やしていく.新規プログラム開発のプロジェクトでは,ベイズ推定を用いた立体構造計算法と,multi-state立体構造計算法を統合する手法に取り組んでいる.現在,CYANAプログラムへの実装を進めており,今年度中に本機能の実装とモデル試料を用いた性能評価を行う予定である.
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