研究課題
基盤研究(C)
FLT3阻害薬は2017年以降に承認された、新しい急性骨髄性白血病治療薬である。FLT3阻害薬単剤の使用では、阻害薬耐性が生じることが報告されている。今後は逐次治療が開始されると予想されるが、FLT3阻害薬に対する重複耐性の出現とFLT3遺伝子の獲得変異に関して把握されていない。本研究では、FLT3阻害薬による逐次治療で出現すると予想される重複耐性の分子機構を解明し、克服法を探索することを目的とする。本研究成果は、FLT3阻害薬による急性骨髄性白血病の逐次治療で生じた重複耐性に対する克服法の手がかりを与えるのみならず、FLT3遺伝子の獲得変異による耐性化の分子機構を理解する一助になる。
FLT3阻害薬は、midostaurinやgilteritinib(Type I阻害薬)、quizartinib(Type II阻害薬)の3剤が急性骨髄性白血病治療薬として実臨床で使用されている。これらの単剤治療による薬剤耐性とFLT3の耐性変異が多数報告されているが、Type I阻害薬とType II阻害薬では耐性変異の箇所が異なる。このためType I阻害薬とType II阻害薬による逐次治療が可能であると考えられ、近年、その有効性が臨床試験で実証された。本研究はFLT3阻害薬による逐次治療後を見据え、重複耐性の予測と耐性機序の解明、耐性克服法の探索を目的とした。先行研究でFLT3-ITD陽性急性骨髄性白血病細胞MV4-11から樹立したquizartinib耐性細胞(QR細胞、D835V変異挿入)から、本研究でさらにmidostaurinにも耐性を示す重複耐性細胞(QMR細胞)を樹立した。また同時に、MV4-11細胞よりmidostaurin単剤の耐性細胞(MR細胞)も樹立した。2021年度までに、midostaurin耐性化においてFLT3遺伝子上に新たな変異は挿入されなかったこと、MR細胞とQMR細胞はいずれもmidostaurinに抵抗性を示すこと、MR細胞はFLT3を増幅していることを確認していた。2022年度はQMR細胞のquizartinib/midostaurin重複耐性の原因について検討した。FLT3とは異なる受容体(論文執筆中のため非公表)の増幅が確認され、バイパスシグナルによりmidostaurin抵抗性を示すことが予想された。しかし、このシグナルの阻害薬Xに対する感受性は、MV4-11とQMR細胞で変わらなかった。一方で、阻害薬Xとmidostaurinを共処理した場合に、QMR細胞と一部のMR細胞で相乗的な増殖抑制効果が認められた。したがって、MR細胞ではFLT3の増幅とバイパスシグナルが、QMR細胞ではバイパスシグナルがmidostaurin耐性の原因であり、重複耐性克服の標的になることが示された。以上の結果を基に、2022年度は所属学会で3件報告した他、現在は論文の執筆を進めている。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究では、MV4-11細胞に由来するFLT3阻害薬重複耐性(quizartinib-midostaurin耐性)細胞(QMR細胞)を樹立し、FLT3変異の解析と重複耐性化機構の解析、耐性克服法の探索を目標としていた。一方で、予定通りに研究が進まなかった時の代替案として、ランダム変異法を利用したFLT3阻害薬重複耐性機構の解析を予定していた。本研究が非常に順調に進捗し、前者は論文執筆するに至り、後者も研究を開始するに至った。当初目標であったQMR細胞の解析では、二次耐性(midostaurin耐性)を獲得する際にFLT3に変異が挿入されることを期待していた。しかし遺伝子解析ではFLT3に変異の挿入は確認できず、FLT3変異とFLT3阻害薬重複耐性の関係性は解析できていない。そこで当初の研究計画では代替案としていた、ランダム変異法にも2022年度から着手することにした。実際に、先行研究で樹立したquizartinib耐性を示すBa/F3-ITD+D835V細胞あるいはBa/F3-ITD+Y842C細胞にエチルニトロソ尿素(ENU)を処理し、midostaurinまたはgilteritinibで選択して重複耐性細胞を得た。現在はこれらの細胞の遺伝子解析を進めており、その一部からはITD/D835V変異あるいはITD/Y842C変異以外に複数の未知の変異が発見された。遺伝子解析も順調に進んでおり、まもなくFLT3変異による重複耐性化機構の解析に着手できる段階である。QMR細胞の樹立の際に、quizartinib-gilteritinib耐性(QGR)細胞も並行して樹立していた。しかしQMR細胞の解析に集中するために、QGR細胞の解析は中断していた。現在はQGR細胞の解析を再開すべく、国内及び海外の研究グループとの連携を図っている。以上のように、本研究ではFLT3阻害薬の重複耐性機構を多角的に解析できており、当初の予定を上回るペースで研究は進んでいる。
QMR細胞のFLT3阻害薬耐性化機構の解析では現時点でデータの取得は終了しており、早期に論文を投稿する予定である。QGR細胞の遺伝子解析から、gilteritinib耐性化においてFLT3遺伝子に新たな変異は挿入されなかったことが確認されている。したがって、バイパスシグナルを始めとする網羅的なgilteritinib耐性化の要因を解析する必要があり、国内及び海外の研究グループとの共同研究を画策している。その中で、我々はQMR細胞で明らかにしたバイパスシグナルを中心にQGR細胞のFLT3阻害薬重複耐性化機構を解析し、QMR細胞と同様にQGR細胞でも阻害薬Xがgilteritinibとの相乗的な増殖抑制効果を示すかを検討していく。ENU処理により得られたFLT3阻害薬重複耐性細胞の解析では、これまでに複数の未知のFLT3変異を見出している。その中には、多くのクローンで共通するものから、個別に出現するものまで存在する。これらの変異、とくに共通する変異を中心に、人工知能を利用しながらFLT3阻害薬重複耐性との関連性や耐性化機構を予測し、強く相関しそうな変異を抽出する。抽出できたFLT3変異を有する患者の有無についてCOSMICを始めとする種々のデータベースで検索し、可能であればFLT3阻害薬の感性のデータも得る。つづいてFLT3阻害薬重複耐性の分子機構を実験的に確認すべく、変異型FLT3発現プラスミドの構築と再導入実験を実施し、FLT3阻害薬に対する感受性や下流シグナルの変動を検討する。これらの情報や研究成果から、FLT3阻害薬逐次治療後に生じる可能性がある重複耐性と分子機構を提唱することを目指す。また、変異型FLT3発現細胞を利用して、細胞増殖を抑制する阻害薬の探索やその阻害機構を解析し、耐性の克服方法を提唱する。
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