研究課題
基盤研究(C)
以下の計画に沿って研究を遂行し、DDX41遺伝子変異が造血器腫瘍を引き起こす機序を明らかにすることを目指す。計画1: DDX41の発現抑制がRNAポリメラーゼⅡの転写伸長障害を起こす機序を明らかにする。計画2: DDX41が結合するRNAの配列や部位を明らかにする。計画3: DDX41異常に伴い生じるR-loopの部位や程度、RNA修飾状態を可視化する。計画4: DDX41遺伝子変異をもつ造血器腫瘍症例のRNAスプライシング解析を実施する。
2015年、DDX41が急性骨髄性白血病や骨髄異形成症候群の責任遺伝子のひとつであることが報告された。現在では、DDX41は、遺伝性造血器腫瘍で最も多く病的バリアント(変異)が検出される責任遺伝子であることが明らかにされている。また、本遺伝子に遺伝的な病的変異を有する骨髄性造血器腫瘍は、発症年齢が遅い、予後は必ずしも不良ではない、骨髄や末梢血は細胞減少傾向を示すことが多い、などの特徴を有し、従来知られてきた骨髄造血器腫瘍とは表現型が異なることが判明している。一方で、本遺伝子の病的変異が造血器腫瘍を発症させる機序は、必ずしもまだ充分に理解されていない。DDX41遺伝子はDEAD-box型RNAヘリケースをコードし、一般にRNAヘリケースはRNAの構造変換を伴う多彩な局面で機能を発揮する。DDX41タンパク質の作用する場面も複数が想定されるが、我々は特にRNAスプライシングへの関与に注目し、基礎的な解析を行ってきた。まずCLIP-seq法による解析から、DDX41がコーディングRNAの5’SSに主に結合し、スプライシング後半のC複合体を構成することを明らかにした。一方で、DDX41の機能障害が起きても、スプライシングの部位決定には大きな影響を伴わないことを示した。DDX41が機能しないとRNAスプライシングの効率が低下し、R-loop構造が生じやすい状況となる。また、RNAスプライシングに連動した転写伸長が障害されるため、転写伸長と複製機構がコンフリクトしDNA複製障害が起こるが、その複製障害はあくまで軽微であるため、損傷修復機構が十分に働かず、DNA複製が完全でないままに細胞分裂に入ることを許容してしまう。その結果、細胞分裂を経ると強いDNA損傷が生じ、造血細胞のゲノム不安定性や増殖障害につながることを明らかにした。研究成果はLeukemia誌に発表した。
2: おおむね順調に進展している
本研究費を主たる財源としてDDX41遺伝子変異の造血細胞への影響について解析し、以下の結果を得た。(1)DDX41はコーディングRNAの5'スプライスサイトに結合する。(2)DDX41は活性化スプライソゾーム、より具体的にはスプライシングC複合体と相互作用する。(3)DDX41が適切に機能しないと、RNAスプライシングと転写伸長との連携に乱れが生じる。(4)その結果、R-loopが形成されやすくなり、転写と複製との衝突が起こりがちとなるため、DNA複製障害が起こる。(5)ただしその際のDNA複製障害は一般に軽微であり、DNA損傷応答機構がこれを見逃してしまい、そのまま細胞分裂を迎えるため、分裂異常が生じる。さらに興味深いことに、RNAスプライシングと転写伸長との連携は、DDX41のRNAポリメラーゼII(PolII)との相互作用によるものであることを明らかにした。DDX41は主に、コーディングRNAの5'スプライスサイト近傍においてPolIIと近接する。PolIIは転写の過程で5'スプライスサイトにおいて一旦その速度を落とし、RNAスプライシングが完了するのを待つが、DDX41が機能しない場合にはその連携が失われることが上記の変化を招く根本的な分子機序であろうと考えられる。最終的に、DDX41変異体を発現する遺伝子改変マウスの造血細胞においてもこれらに矛盾しない結果が得られたことから、DDX41の機能異常が造血障害を引き起こすメカニズムの大要が明らかになったと考えている。本成果は2022年にLeukemia誌に発表した。また、DDX41を主な対象とする、海外のグループとの国際共同研究2報がCell Report誌およびFrontiers in Oncology誌に掲載された。
ここまでの研究により、DDX41遺伝子変異が造血障害を起こす機序が概ね明らかになった。一方で、本変異を有する例が造血器腫瘍を発症するメカニズムの詳細はまだ充分に解明されたとは言えず研究の余地が残されている。ごく最近、DDX41遺伝子変異を伴う造血器腫瘍の包括的なゲノム解析研究結果が報告され、(1)他の遺伝子変異による造血器腫瘍と比較し遺伝子変異数が少ない傾向にあること、(2)遺伝子変異プロファイルが他の造血器腫瘍とは異なること、(3)CUX1遺伝子変異が加わることで造血器腫瘍が発症したと考えられる例が一定割合で存在すること、(4)DDX41遺伝子変異のみ(生殖細胞系列変異+体細胞変異)のみで腫瘍が発症したと考えられる例も存在すること、が明らかにされた。DDX41変異による造血器腫瘍の発症年齢が60代以降と遅いことを踏まえると、おそらく造血幹細胞の何らかの加齢変化がDDX41変異細胞の腫瘍化に関与することが強く推察される。そこで今後、加齢を重ねたDDX41遺伝子改変マウスの造血幹細胞を単離し、RNAシークエンスやATACシークエンス法により、DDX41変異細胞特異的な変化を探る。また、CUX1がDNA損傷応答に関与する分子であることから、CUX1変異が加わると、DDX41変異により生じたDNA複製障害が蓄積したとしても細胞周期が進行し、さらにゲノム不安定が増長されるのではないかと予想される。細胞レベル、個体レベルの解析により本仮説の検証に挑む。
すべて 2023 2022 2021 その他
すべて 国際共同研究 (4件) 雑誌論文 (21件) (うち国際共著 6件、 査読あり 21件、 オープンアクセス 17件) 学会発表 (14件) (うち招待講演 6件) 備考 (2件)
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