研究課題
基盤研究(C)
日本人を含むアジア人の2型糖尿病は、内臓脂肪蓄積によって生じる軽度のインスリン抵抗性をインスリン分泌によって代償しきれないために発症するという特徴がある。研究代表者はマウスを用いた検討によって、脂質過剰摂取に食塩過剰摂取が加わると、膵島の数・面積が低下し、インスリン分泌不全を来たすこと、脂質摂取3日~1週間後に生じる膵β細胞の増殖が食塩過剰摂取が伴うと抑制されることを見出した。本研究においては、脂質摂取による膵β細胞の増殖促進と、食塩過剰摂取によるその阻害機序を解明し、食塩摂取量の適正化や、膵β細胞増殖不全を標的とした新しいアプローチによる2型糖尿病の予防・治療法を確立することを目指す。
本研究課題においては、脂質摂取による膵島の増殖を食塩過剰摂取が抑制する機序を明らかにすることを目的に検討を進めている。候補となる機序として交感神経系の活性化の関与に着目し、病態改善に有効な薬剤を検討することを目指した。Sodium glucose cotransporter 2(SGLT2)阻害薬は、糖尿病薬として臨床応用されており、尿糖排泄促進に加えて交感神経系の活性化抑制作用が報告されている。8週齢C57BL6雄性マウスに塩化ナトリウム(NaCl)濃度4 %に調整した高脂肪高塩分食を8週間摂餌した群(HFHS群)と、高脂肪高塩分食6週間投与後にSGLT2阻害薬であるdapagliflozinを10 mg/kgの投与量となるように混合したdapagliflozin含有高脂肪高塩分食を2週間摂餌した群(HFHS+Da群)において、体重推移、摂餌量、尿量、尿中糖・ナトリウム排泄量を測定し、インスリン負荷試験(ITT)、腹腔内ブドウ糖負荷試験(IPGTT)、膵β細胞の面積測定を実施し両群間で比較した。その結果、HFHS群と比較してHFHS+Da群では摂餌量、尿量、尿中糖・ナトリウム排泄量の有意な増加を認めたが、体重に有意差は認めなかった。ITTでは両群間に有意差は認めなかった。HFHS群と比較してHFHS+Da群ではIPGTTでブドウ糖負荷後の血糖値の有意な低下とインスリン分泌指数の有意な上昇、免疫組織化学で膵β細胞面積・Ki67陽性細胞数の有意な増加、尿中アドレナリン・ノルアドレナリンの有意な低下、膵島内Thyrosine hydroxylase陽性面積の有意な低下を認めた。以上の結果、高脂肪高塩分食の摂餌による肥満糖尿病モデルマウスにおいて、dapagliflozinが耐糖能、インスリン分泌能を改善することが確認でき、その作用機序として交感神経系の活性化抑制が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
研究計画において、食塩過剰摂取が交感神経系の活性化を介して膵β細胞の増殖を抑制している可能性を想定して、各種薬剤や交感神経節切除などを用いて、高脂肪食群と高脂肪+高塩分食群の膵島の数・面積の変化、増殖の違いを検討することを予定し、本病態に有効な薬剤を見出すことを目指していた。本検討において、SGLT2阻害薬によって、交感神経活性化抑制、インスリン分泌能の改善、膵β細胞増殖作用が確認できたことは有意義であった。より詳細な機序に迫るための膵島における遺伝子発現の変化、交感神経説切除による解析などにはまだ着手できておらず今後の検討課題である。
これまでの解析を背景に以下のような解析に着手することを検討している。本検討で病態形成に対する関与が示唆された交感神経活性化について、その機序のより詳細な検討を行う。脂質と食塩を過剰摂取するマウスモデルにおいて、肝など他の臓器におけるThyrosine hydroxylase発現などの差異を検討し、交感神経系活性化の関与の全身における影響を検討する。膵島を単離して遺伝子発現の差異を解析し、食塩過剰摂取によって特異的に発現が変化する遺伝子群の同定を目指す。膵島におけるα細胞の数の変化などを組織学的に解析する。SGLT2阻害薬による交感神経系活性化抑制の機序として中枢神経系の関与が報告されており、交感神経活性化調整に関与する部位の同定を目指す。交感神経活性化の関与を確認するために、交感神経節切除による変化の解析を検討する。高脂肪高塩分食を一定期間摂餌した後に普通食または高脂肪食のみに変更することで、減塩による体重の推移、耐糖能の変化を検証し、減塩療法の有用性について検討する。以上のような検討を進め、脂質摂取による膵島の増殖を食塩過剰摂取が抑制する機序に迫る。
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Plos One
巻: 16 号: 3 ページ: e0248065-e0248065
10.1371/journal.pone.0248065