研究課題
若手研究
人は言語を理解する際、その内容を視覚的イメージとして心内に思い描く(メンタルシミュレーション)。本研究は、メンタルシミュレーションにおいて取得されやすい視点が、個人の発達段階や背景とする文化、母語とする言語によって異なるという仮説を実験的に検証するものである。研究代表者が行った先行研究では、成人日本語母語話者は、言語によって描写される事象を客観的視点から思い描きやすいことが示されている。本研究では、早期の発達段階にある話者や、文化的背景・母語が日本(語)と異なる話者に同様の客観的視点の選好がみられるかを検討することにより、メンタルシミュレーションの基盤となる認知特性の存在と性質を明らかにする。
本年度はまず、前年度から実施を継続中であった児童を対象とする実験を完了させ、学会での成果の発表を行った。実験は、「XXは今、にんじんを切っているところです。」のような行為文の内容を、行為者もしくは観察者のどちらの視点から心内で思い浮かべる(シミュレートする)のかを検討するものであり、結果として、6-10歳の児童は行為文をその主語によらず観察者視点よりも行為者視点からシミュレートしやすいことが示された。これは、研究代表者らがこれまでに得た知見で見られた成人の傾向とは異なっており、言語理解中の視点取得の様式が発達に伴って変化することを示唆する重要な成果となった。本年度はさらに、追実験として7-9歳の児童を対象とした反応時間計測実験を実施し、この実験では、同様に行為文をシミュレートする際、男児は行為者視点を好む一方、女児は観察者視点を好むことが明らかとなった。その他、本年度は研究期間中に得られた成果についての学会発表も行い、査読付論文が2本出版された。研究期間全体を通じて、言語理解中の視点取得に影響する様々な個人要因や背景条件が明らかになった。それらには、当初検討を予定していた発達段階、文化、母語に加え、自己主体感(自身が行為の主体であるという感覚)の個人差や語用論スキル(認知的共感性)の個人差が含まれ、さらには感情状態の影響も示唆された。その中で特に画期的であったのは、言語内容をどの視点からシミュレートしやすいかが発達的に変化する可能性を示した上記の成果であった。この成果は、言語理解中の知覚や運動のシミュレーションに関する諸側面(視点取得を含む)の発達変化を包括的に整理し、その全体像を明らかにするという新たな課題の設定につながり、これによって本研究課題の発展となる新規科研費を獲得することができた。
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