研究課題/領域番号 |
21K13746
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分10040:実験心理学関連
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研究機関 | 金沢大学 (2022-2023) 東京大学 (2021) |
研究代表者 |
上條 槙子 金沢大学, 人間社会研究域, 客員研究員 (80758722)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
4,550千円 (直接経費: 3,500千円、間接経費: 1,050千円)
2025年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2024年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2023年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2022年度: 520千円 (直接経費: 400千円、間接経費: 120千円)
2021年度: 2,210千円 (直接経費: 1,700千円、間接経費: 510千円)
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キーワード | 社会価値割引 / ラット / 採餌行動 / 主観的価値判断 / 価値判断 / 社会割引 |
研究開始時の研究の概要 |
ヒトや動物の価値判断は主観的なものであり,そのうえ様々な場面や状況で変化する。このような主観的な価値の変化は,どのような仕組みで生じるのだろうか。本研究では,社会的文脈において主観的価値が変化するという社会割引(social discounting)とフラストレーションによる行動抑制という二つの心理的作用に着目し、このような現象について明らかにしようと試みる。実験動物であるラットを対象とすることで、行動実験および神経生理実験によりアプローチを行い、この主観的な価値判断における認知的な基盤を包括的に理解することを目的とする。
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研究実績の概要 |
本研究では,人や動物における主観的な価値の変化の仕組みについて検討することを目的とし,特に他者の存在という社会的文脈において,ヒトや動物の価値判断が様々な場面や状況で変化する仕組みについて焦点を当て実験を実施している。中でも社会的文脈において主観的価値が変化するという社会割引(social discounting)とフラストレーションによる行動抑制という二つの心理的作用に着目し,これらの心理作用から主観的価値判断の認知メカニズムが生じているのではないかという仮説を提唱し,動物を対象とした実験を行うことでこのメカニズムの解明を試みることを目的としている。社会価値割引とは,餌などの資源を他者と分配することにより,実際よりも価値を低く見積もってしまう現象である。本研究ではラットの採餌行動に着目し,哺乳類であるラットにおいてもこの現象が生じるのか検討を行った。 行動実験の結果から,先行研究で示されているハトだけでなく,本研究で対象としたラットでもこの社会価値割引の前提となる,他者の存在による餌場選択の変化を示す行動が生じることを示唆する結果が得られた。餌場を共有する他者が非同居個体である場合,他個体数が1個体であると共有した餌場での採餌を選択するが,他個体数が3-5個体まで増加すると「独占餌場」への選択の偏りが生じることという結果が得られた。一方で,他個体がすべて同居個体である場合はこれらの偏りは確認されなかった。また,餌を共有する他個体数が3-5個体まで増加しないと「独占餌場」への選択の偏りが生じないことから,ヒトやハトとは価値の減少の仕方が異なることが示唆された。これらの結果から,ラットでも他者の存在により餌場の選択に変化が生じること,その影響はヒトやハトとは異なること,他個体との社会的関係性の要因が行動変化の有無に影響することが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
社会価値割引の前提となる主観的価値の変化を示す行動を確認する実験を行うことから,研究を開始した。具体的な実験として,ハトを対象とした社会価値割引研究(Yamaguchi, et al., 2019)を参考にして,走路と二つの餌場からなるラット用の実験装置を作成した。実験結果として,「共有餌場」の個体が1個体であると「共有餌場」の選択率が高いが,他個体の数が3―5個体以上になると,「共有餌場」よりも「独占餌場」を選択する傾向が確認された。この結果から,ヒトやハトと同様に,ラットにおいても他個体が存在することにより,餌報酬に対する主観的な価値の減少が生じる可能性が示唆された。 これらの実験から得られた知見として,餌場を共有する他者が非同居個体の場合,1個体であれば「共有餌場」を選択し,3―5匹であると餌場の選択率の変化が生じ,餌場を共有する他個体が同居個体である場合はこの選択率の変化が生じないことが確認された。これらの結果については,2件の学会発表を行った。しかし,ラットの餌場選択においてはヒトやハトとは選択率の変化が異なり,ヒトやハトで示された社会的価値割引現象よりも,より他者との関係性が行動に影響する可能性が示唆された。ラットの採餌行動においては,他者に追従する傾向を持ち(Takahashi, et al., 2015など),社会的関係性が行動に影響を及ぼすこと(粟津・藤田,1998)が示されている。ヒトでも身近な他者に対しては割引率が小さいことが示唆されており,ラットでは他者との関係性がより重要な変数となることが考えられる。この点について詳細に検討するため,当初の計画に含まれていなかった追加の実験を行う必要が生じた。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究から,ラットでも他個体の存在により主観的価値変化の前提となる行動変化が生じることが示唆された。また,他個体との社会的関係性がこの主観的価値の有無において重要な変数となる可能性が示唆された。 ラットの採餌行動において社会的な関係性が影響することは,食物選好の社会的学習においても確認されている。例えば,ある個体に特定の風味を持つ餌を食べさせ別の被験体と接触させると,被験体はその特定の風味の餌を好むようになる。粟津・藤田(1998)の研究では,被験体ラットは既知の個体が食べた食物よりも未知の個体が食べていた食物をより選好し,有意な刺激個体が食べた食物よりも劣位の個体が食べた食物を選好した。これらの行動はラットが餌資源のレパートリーを増やし,特に競争率が低い食物を得るための仕組みが働いていると考えられる。 本研究では,主観的価値変化の認知の仕組みを検討することを目的としており,当初はラットでの社会価値割引の有無の確認のうえ,他者の数の影響と,過去のフラストレーション経験による行動抑制という心理的作用からの影響を検討する予定であった。しかしこれまでに得られた結果から,ラットの採餌行動ではいくつかの生物学的な要因が関与しており,この点についてより詳細に検討することが主観的価値変化の前提となる社会価値割引の仕組みを理解する上で重要であると考えられる。ヒトを対象とした社会価値割引の研究でも,見知らぬ人よりも親戚の方が割引率は小さく,他者との社会的距離によって割引率が異なり(Ito et al., 2011),他者との社会的関係性がこの現象に影響することが示されている。今後,これまでに得られた知見を基により詳細に検討するための追加の実験を実施していく。
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