研究課題/領域番号 |
21K15150
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研究種目 |
若手研究
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
小区分45030:多様性生物学および分類学関連
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
高橋 和也 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 特任研究員 (00821109)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
4,680千円 (直接経費: 3,600千円、間接経費: 1,080千円)
2023年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2022年度: 1,430千円 (直接経費: 1,100千円、間接経費: 330千円)
2021年度: 2,210千円 (直接経費: 1,700千円、間接経費: 510千円)
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キーワード | 細胞内共生 / 葉緑体置換 / 渦鞭毛藻 / ハプト藻 / 分子系統解析 / 盗葉緑体 / 系統 / 分類 / 微細構造 |
研究開始時の研究の概要 |
典型的な光合成性渦鞭毛藻は,他の藻類にはみられない光合成色素ペリディニンを含む葉緑体をもつが,一部の渦鞭毛藻ではこの葉緑体を進化的に失った後,ハプト藻類を細胞内共生させることでハプト藻型葉緑体を獲得したものもある。近年ハプト藻型葉緑体をもつ渦鞭毛藻未記載種が複数観察された。これらの分子系統解析は,系統的に多様な宿主渦鞭毛藻が互いに近縁なハプト藻型葉緑体をもつという対立関係を示している。本研究では,これら未記載種の微細構造や光合成色素組成,系統関係を明らかにすることで,渦鞭毛藻の中でハプト藻型葉緑体の獲得が起こった回数と,それぞれの獲得に関連する形質の共通点と相違点を明らかにする。
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研究実績の概要 |
渦鞭毛藻の中には標準的な渦鞭毛藻型葉緑体を失い,その後ハプト藻を取り込むことでハプト藻型葉緑体を獲得したものがある。本研究は,渦鞭毛藻の中でハプト藻型葉緑体とその関連形質が系統的にいつ,何回獲得されたかを解明するとともに,葉緑体進化のモデル構築を目指す。 まず,無殻渦鞭毛藻カレニア科がもつハプト藻型葉緑体の系統関係を調べた。カレニア科渦鞭毛藻19種の培養株または野外試料から,葉緑体コード6遺伝子をサンガー法に基づいて決定し,系統樹を作成すると共に,既に得られている宿主核コード2遺伝子の系統樹と比較した。その結果,宿主と葉緑体の樹形は大部分が不一致となった。宿主と葉緑体の樹形が一致するものを,共通の葉緑体を継承している1系統とみなすと,カレニア科構成種の葉緑体は13系統に分かれることがわかった。カレニア科以外の渦鞭毛藻も考慮すると,渦鞭毛藻がもつハプト藻型葉緑体の約半数は,さまざまなハプト藻系統から確立され,残り約半数は近縁なハプト藻系統から繰り返し取り込まれることによって多重並列的に確立したと考えられた。 次に,ハプト藻型葉緑体をもつ新たな系統の無殻渦鞭毛藻Kapelodinium sp.を観察した。本種は単藻培養が可能であり,採餌を行うことなく独立栄養的に増殖するが,現存ハプト藻と遺伝的に同一の葉緑体をもつ。そこで,ハプト藻細胞質rRNAおよびハプト藻葉緑体rRNAを標的とした蛍光in situハイブリダイゼーションを行うことで,さらなる細胞学的特徴の把握を行なった。その結果,本種はハプト藻細胞質を欠く一方,葉緑体は観察される限り全てが現存ハプト藻の単一系統由来であることがわかった。これらは,Kapelodinium sp.がハプト藻細胞のうち葉緑体のみを選択的に取り込み,渦鞭毛藻核が支配する代謝系によって葉緑体を増殖させたことを示している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
現在知られている光合成生物の共生様式には,共生体細胞の全体を取り込む様式(光共生)と,葉緑体のみを選択的に取り込む様式(盗葉緑体)がある。従来,葉緑体は全て光共生由来であり,葉緑体以外の共生体細胞構成物が長期にわたって縮退・消失することで獲得されると考えられていた。これに対し本研究は,渦鞭毛藻はまず光共生を介してハプト藻核から葉緑体関連遺伝子を獲得し,その後盗葉緑体により物理区画としてハプト藻型葉緑体を獲得したという仮説を立てた。これには以下の理由を含む。カレニア科ではハプト藻型葉緑体が多重並列的に生じたと考えられたが,同科既報種は全て葉緑体以外の共生体細胞構成物を欠いている。もし多重並列的に生じた光共生から直接葉緑体が生じたとすると,ヌクレオモルフなど縮退途中のハプト藻構成物をもつ分類群が現れるはずである。Kapelodinium sp.の観察結果は,渦鞭毛藻が実際にハプト藻の盗葉緑体を増殖させて恒久葉緑体を進化させうることを示している。Kapelodinium sp.と現存ハプト藻の葉緑体の遺伝的距離が非常に近いため,ハプト藻光共生体の細胞質が長期にわたって縮退・消失したとは説明できない。 この予想外の展開により,本年度は当初の研究計画を方向修正した。光共生体のみを介した従来の葉緑体獲得の考え方に基づけば,物理区画としての葉緑体と核コード葉緑体関連遺伝子は同一の共生体細胞に起源する。しかし盗葉緑体では,これら二者は異なる共生体細胞に起源するため,個別に対処すべきである。今後の議論を円滑に進めるため,盗葉緑体から葉緑体を獲得したことが明白なKapelodinium sp.を優先して報告することにした。しかし,渦鞭毛藻の中でハプト藻型葉緑体とその関連形質がいつ,何回獲得されたかを明らかにするという本来の目的には着実に近づいていることから,研究進捗状況は概ね順調と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
Kapelodinium sp.は報告の最終段階に入っていることから,盗葉緑体から恒久的な葉緑体を進化させた新規な生物として次年度序盤に論文による報告を行う。また,本種の葉緑体包膜数などは,光共生を通じた葉緑体獲得とは異なる特徴を示す可能性があるため,透過電顕による微細構造の報告も併せて行う。 前年度の実験結果では物理区画としての葉緑体の起源が概ね把握できたことから,次年度は核コード葉緑体関連遺伝子の起源を検討する。ハプト藻型葉緑体をもつ無殻渦鞭毛藻未記載種Gymnodinium sp.の培養株を用いてトランスクリプトーム解析を行い,外来遺伝子の検出を行う。重要な遺伝子群として,葉緑体型グリセルアルデヒド-3-リン酸デヒドロゲナーゼ(GAPDH),フルクトース1,6ビスリン酸アルドラーゼ(FBA),およびマグネシウムケラターゼサブユニット(ChlH)遺伝子を想定している。カレニア科渦鞭毛藻を用いた先行研究では,葉緑体型GAPDHはハプト藻由来,ChlHは緑藻由来であることがわかっている。これらの遺伝子については特異的プライマーを作成し,既に本研究室で分類学的位置を明らかにしているカレニア科培養株のDNA抽出物と反応させることで詳細な系統関係を把握する。これらの結果を,核コードrDNAに基づく宿主系統と比較することで,外来遺伝子が系統的にいつ,どこから,何回獲得されたかを明らかにする。さらに,葉緑体コード遺伝子に基づく系統と比較することで,物理区画としての葉緑体が獲得される以前にどのような前適応があったかを推定する。これらの結果をまとめ,Gymnodinium sp.の記載報告と推定される進化過程の報告を行う。
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