研究課題/領域番号 |
21K18144
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研究種目 |
挑戦的研究(開拓)
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配分区分 | 基金 |
審査区分 |
中区分13:物性物理学およびその関連分野
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
鹿野田 一司 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 教授 (20194946)
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研究分担者 |
宮川 和也 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (90302760)
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研究期間 (年度) |
2021-07-09 – 2024-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
25,350千円 (直接経費: 19,500千円、間接経費: 5,850千円)
2023年度: 7,800千円 (直接経費: 6,000千円、間接経費: 1,800千円)
2022年度: 8,190千円 (直接経費: 6,300千円、間接経費: 1,890千円)
2021年度: 9,360千円 (直接経費: 7,200千円、間接経費: 2,160千円)
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キーワード | スピノンフェルミ面 / 有機導体 / スピン液体 / 強磁場 / 核磁気共鳴 / 輸送特性 / 強相関電子系 / フラストレーション / 量子スピン液体 / スピノン / 分子性物質 |
研究開始時の研究の概要 |
量子揺らぎが物性を支配する量子物質・量子相として、「量子スピン液体」が注目されている。未だ未解明なその量子状態について、強い電子相関の下で電子が持つ電荷とスピンが独立に振る舞い、さらに幾何学的フラストレーションによりスピンが遍歴的な中性フェルミ粒子(スピノン)となって絶縁体であるにも関わらずフェルミ面を持つという特異な状態が提案されている。本研究では、スピン液体候補物質である有機三角格子系を対象に、磁気共鳴実験や各種磁気的・熱的測定により、スピン励起の分裂と縺れがもたらすスピノンフェルミ面の存否、さらにはその不安定性によるスピノン対凝縮の可能性を検証する。
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研究実績の概要 |
本研究では、スピン液体候補物質k-(ET)2Cu2(CN)3を対象に、a)スピノンフェルミ面と、b)その不安定性としてのスピノン対凝縮の可能性を探り、c) ドープされたスピン液体候補物質k-(ET)4Hg2.89Br8に発現する超伝導を調べ、両者の対凝縮の関連を明らかにしようとしている。 前年度は特にa)の探索を目的に、トルク、磁気熱量効果、誘電率、超音波速度の磁場変化を調べたが、スピノンフェルミ面に期待される量子振動は観測されなかった。しかし、b)に関連すると思われる6K異常が磁場に対して極めて頑強であること、さらにトルクの解析から6K以下で磁場掃引に対する散逸効果が見出され、低温相の特異性が浮き彫りになった。そこで、b)に関連して、昨年度から開始している6K異常のNMR研究をさらに進めた。まず、1H NMR緩和率1/T1で観測された2-3Kでのピーク構造をさらに高い磁場(8T)まで上げて調べたところ、磁場依存性は極めて弱いことから、ピーク構造は単純な不純物効果で起こるものではないことが分かった。さらに、このピーク構造の圧力依存性を調べたところ、ピーク温度と常圧6K異常に対応するであろう緩和率の変曲点温度が加圧と共に徐々に上昇し、金属絶縁体転移境界へと接続する様子が明らかになった。 また、c)については、常圧においてk-(ET)4Hg2.89Br8の13C NMRシフトと緩和率1/T1を測定したところ、超伝導転移温度(4K)よりはるかに高い温度からシフトと1/T1Tの減少が観測された。これは、超伝導の前駆現象であるpreformed pairsが形成されたことを示唆しており、我々が以前の研究で明らかにした電子対のBEC的な性質とも符合する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は、k-(ET)2Cu2(CN)3に現れる6K異常の磁場、圧力依存性について研究の進展があった。磁場依存性の振る舞いから、低温で現れる1HNMR緩和率の異常が単純な不純物で起こる可能性をほぼ排除することができ、低温相の特異性が明確になった。少なくとも磁場中では何らかの磁気的な相が誘起されている可能性が高いという重要な知見が得られた。また、予定通り圧力下でのNMR測定も行われ、6K異常に関連するNMR異常がどのようにモット転移に繋がるかが明らかになり、6K異常を相図上で議論する基礎データが整った。以上が今年度特に取得を目指したデータであるが、予想以上に高い精度の結果が得られた。また、ホールドープ系k-(ET)4Hg2.89Br8の13C NMR測定についても大きな進展があった。この物質については、これまで電気抵抗、熱電効果等、様々な研究が行われてきたが、常圧で均一な超伝導相が得られておらず、議論に耐え得る結果は加圧下でしか得られていなかった。しかし今回、常圧でほぼ全体積が超伝導になり転移も鋭い結晶を得ることができた。これを用いて初めて常圧で信頼性の高いNMR実験を行うことができ、前項に記したように、転移よりかなり高い温度から超伝導の前駆的発現と考えられる現象を観測し、非ドープ系におけるスピン液体的振舞や6K異常との関連を議論できる段階に到達した。本研究課題であるスピン液体の素性を明らかにする上で、それに隣接するドープ系の物性を把握することは、スピン液体研究にあたらしい機軸を提供することになり、今年度、それを可能にするデータが得られたことになる。
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今後の研究の推進方策 |
a)k-(ET)2Cu2(CN)3におけるスピノンフェルミ面の探索に関しては、その存否の議論の大本である低温比熱と低温熱伝導率のデータにかねてより大きな食い違いがあったが、この問題は長い間手つかずのままであった。次年度は、複数の異なる試料作製元から結晶を受け、試料依存性も含めて比熱と熱伝導率の測定を徹底的に行い、この問題の解決を図る。 b)スピノン不安定性に関しては、6K異常の起源がこの問題に直結する鍵を与えると考え、X線照射により制御された形で試料に乱れを導入し、6K異常の乱れに対する効果を調べる。 c) ドープされたスピン液体候補物質k-(ET)4Hg2.89Br8については、圧力をパラメータとして超伝導電子対の対称性を調べ、非ドープスピン液体系k-(ET)2Cu2(CN)3の6K異常の圧力依存性と比較検討し、両者の関連性を探る。 以上の結果を総合的に検討し、本スピン液体候補物質のスピノンフェルミ面の存否、不安定性、低温異常の起源について議論する。
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