研究概要 |
高齢者歯科治療では様々な全身的偶発症が発生するが,なかでも高血圧性危機の頻度は高い.高血圧性危機は単なる血圧上昇だけでなく,重篤な不整脈,心筋虚血,脳卒中などに進展しうるため,その予防・予測が重要である.循環系は多重な正・負のフィードバック機構により制御された,極めて複雑なシステムと考えることができる.この制御の目的は刻々と変化する外的環境変化から,循環系の平衡状態を守ることである.しかし,加齢とともにこの制御システムの機能は低下し,平衡状態の破綻リスクが上昇する.高齢者における高頻度の異常高血圧はそのひとつの現れである.異常高血圧を予測するためには,この循環制御系の複雑なシステムの動的な機能低下の把握が必要である.しかし,その非線形性,複雑性などから,全貌を正確に把握するのはほとんど不可能であった.そこで,このような内部が不明なシステムを,システムへの入力と出力信号から数学モデルとして表現できるシステム同定を用いるという着想に至った.本研究の目的はシステム同定を用いて,高齢者歯科治療における高血圧性危機の予測方法を確立することである.この高齢者の歯科治療における著しい血圧上昇をシステム同定により予測するためには,その循環動態制御系において重要な役割を果たしている自律神経緊張について事前に検討する必要がある.しかし,高齢者歯科治療における異常高血圧と正常血圧を示した患者の自律神経緊張について調査した報告は見あたらない.そこで,まず,心拍変動のスペクトル解析を用いて,これらの関連について検討した.その結果,各パラメータにおける絶対値において,高血圧危機群が正常血圧群に比較して,交感神経緊張が強く,副交感神経緊張が相対的に弱い傾向を示すという結論を得た.この結果は生理学的に理解しやすいものであった.続いて,システム同定における各要素の解析,すなわち,各要因のインパルス応答,伝達関数の算出,圧受容体感受性,ならびに基本的な患者背景との関連について,統計学的に解析し,演算速度向上を目的としてアルゴリズムを改善する試みを行った.しかし,ばらつきが大きく,一定した結果は得られなかった.
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