研究概要 |
脳の研究が社会に必要とされる理由のうちの一つは,脳疾患の理解と治療に貢献するからであろう.しかしながら,脳疾患は,たとえそれが限られた部分の病変に起因していたとしても多様な病態を示すので,なぜそのような病態が生じるのかを理解することは難しい.本研究では,これまで未整理であった,脳の疾患によって運動失調が現れる計算論的メカニズムを,確率最適制御理論を用いた枠組みによって,統一的に理解する.この研究によって,脳の各部位の運動制御に関係する計算機構が明らかになると共に,運動失調の生成メカニズムを理解することができる. 例えば,運動学習に関わる脳の部位には,小脳,基底核,皮質等の様々な部位が含まれると考えられるが,それぞれの部位がどのような計算機構を担っているのかはまだ明らかになっていない.運動学習における脳の各部位の機能とこれらを統合する原理が明らかになれば,脳の各部位の変性がどのような運動失調を生み出すのか予測することが出来,さらに,損傷を受けていない部位が損傷を受けた部位の計算機構を補完する可能性も明らかになるだろう. 本年度は、このような研究の基礎を作るため,脳における運動学習の計算原理を検討し,心理物理実験によって妥当性を確認した. 特に,本研究では学習の最適性に着員した.日常生活に頻繁に現れるような不確実な環境下における最適な運動学習機構は,環境と体の状態が自身の運動指令によってどのように推移するかを特徴づける環境パラメータの推定と,この推定した環境パラメータに対する運動指令決定政策の,二つの相互作用する独立した学習機構によって担われることを導いた.このモデルは被験者が運動学習を行った後の記憶の空間的な汎化パターンを観測することで検証した.さらに,小脳失調を持つ患者に対して同様の実験を行い詳細なデータを取得し始めた.その結果,小脳が環境パラメータの推定を担っていることが明らかになってきた.
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