研究概要 |
牧畜地域では,水場の位置や市場への近さなどの放牧地立地条件によって,それぞれの放牧地の利用状況には粗密がみられ,そのことが放牧負荷の偏在と部分的な過放牧を引き起こしている場合がある。さらに大きな視点でみた場合,同様の生態環境であっても地域の位置によって牧畜が盛んな草地がある一方で,都市に近い地域では農外就労が盛んでほとんど放牧に利用されない草地もみられる。 本研究では,これら放牧地利用の疎密が生じる状況を検証するとともに,偏った放牧地利用を解消する方法を提言することを目的とした。研究対象としては中国雲南省北西部シャングリラ県とインド北西部ジャンムーカシミール州ラダック地方を取り上げた。 シャングリラ県とラダック地方は共に農牧複合の生業を主な生業として生活する地域である。これらの2つの地域において研究代表者はこれまでに悉皆調査をおこない,家族構成や経済状況,農牧業の詳細を把握してきた。シャングリラ県においては道路の開通などによって生業の転換が起こりつつあり,それまでに主流であった移動牧畜が衰退し,豊富な資源を有する山間放牧地の利用が過疎化する一方で,集落の周辺に家畜が集中する傾向がみられた。また,山間放牧地のなかでも比較的幹線道路に近く,アクセスに有利な放牧地ほどより高い頻度で利用される傾向がみられた。 ラダックで集中的な調査をおこなったドムカル村でも,かつては農牧複合の生業がおこなわれていたが,近年では都市への移住に伴う労働力の減少によって移動牧畜が衰退し,標高4, 000m以上に分布する牧草資源はほとんど利用されない状態になっていた。農耕地に関しては,標高が高く作目が限られる部分では耕作放棄が進み,農耕が衰退する一方で,比較的標高が低く多様な作付けが可能な部分では盛んに農耕がおこなわれており,村落の土地争いも生じていた。こういった事例も,山地における資源利用を考える上で重要な示唆を持つと考えられた。 このようにチベットの山地社会では標高によって形作られる環境の違いや道路などのインフラの違いによって資源利用に差異が生じていた。それゆえに山地における持続的な資源利用を考えるには,地域における実際の資源利用状況とそれを形作る要因とを探りながら進めていく必要がある。
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