北海道のアイヌ文化成立過程において、北海道と東北地方北部との間で展開された鉄に関する物質文化交流の様相を明らかにし、東北地方北部の鉄が北海道のアイヌ文化成立に果たした役割の基礎資料を得ることを目的として、北海道の擦文およびアイヌ文化期と、東北地方北部の平安時代から鎌倉時代の遺跡から出土した鉄器・原料鉄の文化財科学的調査を実施した。調査は、対象資料の形態確認、化学成分分析、およびEPMA分析の順に行った。また、日本刀をはじめとする試料摘出が困難な資料への対処として、多色拡散反射撮像法による表面形態撮像を試みた。その結果、擦文およびアイヌ文化を通じ、北海道央および太平洋岸と、東北地方北部の太平洋側に立地する遺跡出土鉄器の中に、ほぼ同じ組成の地金を用いて製作された、とみなすことができる資料が相当数確認された。アイヌ文化期の墓壙には、北海道内に運び込まれた後、儀礼もしくは宗教上の資料として使用されたと推定される完形の日本刀や小刀が埋納されていた。一方、擦文およびアイヌ文化期の住居跡出土鉄器の中には、人為的に裁断されたものも認められた。これらは同常生活に不可欠な鉄器を製作するための素材となった可能性が高い。擦文文化期の鉄生産関連炉近傍からは、東北地方北部出土鉄鍋とほぼ同じ組成の鉄鍋破片が確認された。煮炊器具としての機能を失った鉄鍋が、銅製造の素材として使用されていた可能性がある。本研究を通して、製品の「再処理・再加工」による「独自鉄器製作」という視点を新たに加え、アイヌ文化成立過程における鉄器普及を考える必要があることが示された。得られた研究成果については調査資料を提供した関係機関に提示し、それぞれの機関が発行する調査報告書および資料所有機関主催テーマ展等による公開を図った。
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