研究課題/領域番号 |
22K00047
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分01010:哲学および倫理学関連
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研究機関 | 関西大学 |
研究代表者 |
品川 哲彦 関西大学, 文学部, 教授 (90226134)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
3,380千円 (直接経費: 2,600千円、間接経費: 780千円)
2025年度: 650千円 (直接経費: 500千円、間接経費: 150千円)
2024年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2023年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
2022年度: 780千円 (直接経費: 600千円、間接経費: 180千円)
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キーワード | 正義 / ケア / 平等 / 人間の尊厳 |
研究開始時の研究の概要 |
私たちはたがいに、なぜ、どこまで助け合うべきなのか。この問いに今、社会契約論、リベラリズム、運平等主義、徳倫理学、ケアの倫理等々の倫理理論が答えを模索している。本研究はこれらの理論を対比検討するなかから、適用される対象を資格や値打ちによって排除するのではなく弱者を支える正義概念(「ふくらみのある正義概念」)と、親密な関係にとどまらず社会のより広い範囲に適用されうるケア概念(「実効性のあるケア概念」)という二つの概念をとりだし、その意味をメタ倫理学的に分析し、それらの規範から導出される弱者援助の指針とポリシーを規範倫理学的に展望し、それらを支える背景理論たる人間存在論・形而上学に遡って考察する。
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研究実績の概要 |
私たちはおたがいに、なぜ、どのように助け合うべきか。この問いにたいして、社会契約論、リベラリズム、運平等主義、徳倫理学、ケアの倫理などが答えを模索している。本研究はこれらの理論を対比検討して、①それらの理論のあいだで共通に用いられている倫理概念の意味の違いと共通点とをメタ倫理学的に分析し、②各理論が導出する弱者援助の指針とポリシーについて規範倫理学的に展望し(弱者の範疇はほぼ重なるとしても、誰をどのような理由からどう援助すべきかについては理論によって異なりうる)、③各理論を支える背景理論たる人間存在論・形而上学に遡って考察する。とりわけ本研究は、適用される対象を資格や値打ちによって排除するのではなく弱者を支える正義概念(「ふくらみのある正義概念」)と、親密な関係にとどまらず社会のより広い範囲に適用されうるケア概念(「実効性のあるケア概念」)という二つの概念の構築をめざす。弱者を援助するには社会の統合が必要で、しかし、なぜ社会の一員として協力することを是とするかを論じるには、誰が何をどれほど負い、また得るべきなのかという正義の視点が必須であり、同時にまた、そもそも自他の傷つきやすさを気づかうケアの視点が不可欠だからである。 以上を目的として本研究は当面、①②③の視点から、(a)ロールズと運平等主義、(b)ヌスバウムのケイパビリティ・アプローチと徳倫理学に依拠した正義論、(c)ケアの倫理に依拠したキテイの「ドゥーリア制度」――他人に依存せざるをえない者をケアする者をまたケアする者が支える社会設計――とその根底にある「つながりにもとづく平等」の概念について考察を進めている。 2023年度は(b)(c)のヌスバウムとキテイの比較研究についての成果を出し、また、ケアの倫理の基礎づけに関してヒュームを継承するスロートの共感理論とケアの倫理とを対比する批判的検討を行なった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
2023年度は論文三篇の成果をみた。①「人間の尊厳はくるむようにして守られる」、②「共感理論とケアの倫理――スロートの『共感にもとづくケアリングの倫理学』」、③「環境正義と倫理学的思考――『持続開発可能性と人文科学』へのひとつの応答」である。 ①では、重度障碍者を社会に包摂しがたいという点でロールズの正義論への批判を共有するヌスバウムとキテイを対照し、ケイパビリティ・アプローチと徳倫理学に立脚するヌスバウムのキテイのケアの倫理批判が誤解を含む点を示唆する一方、両者が描く社会が、社会契約論が説く相互利益性ではなくて人間と人間との関係の醸成によって成り立つ点を指摘し、そこに論者の主張する「くるむようにして守られる人間の尊厳」概念を結びつけた。 ②では、従来のケアの倫理の発展を名乗るスロートの構想を批判的に検討し、その構想がケアの倫理の可塑的な自己概念を共有していない点を指摘した。関係をとおして作り上げる自己の像は、共感理論を含めた近代の倫理理論と古代に遡る徳倫理学にないものである。この指摘は本研究の目標のひとつである人間存在論的考察にとって重要な成果である。 ③では、上述の(a)に属する再分配に関する諸理論――平等主義、優先主義、十分主義――と環境正義の関係について論じた。本研究は倫理規範の意味と倫理理論の基礎づけという抽象的な主題に取り組むものだが、後述するように、環境問題その他の具体的な問題が本研究の主題を考えるにも大きなヒントを与えてくれることが③を通じてあらためて認識できた。 このほかケアの倫理の創始者ギリガンの近業を論じた臨床哲学フォーラムでパネリストとして、正義とケアに関するギリガンの二つの比喩について報告した。ただし、上述の(a)(b)(c)のうち、(b)(c)は2023年度の目標を達成しえたが、(a)の進展が遅れている点で総合的には「やや遅れている」と評価した。
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今後の研究の推進方策 |
本研究は「研究実績の概要」の(1)(2)(3)に記したように抽象的な問題を追究するものだが、環境倫理的問題を論じた(「現在までの進捗状況」の)③では、具体的な問題に照らして本研究の主題を論じることの有用性をあらためて認識できた。③では潜在的な被害者にたいするインフォームド・コンセント(以下IC)が環境政策の正統性を担保すると考えるシュレーダー=フレチェットを論じたが、2024年4月に消費者庁による有識者への聞き取りとして「脆弱な消費者」について問われた経験も相俟って、申請者は「ふくらみのある正義概念」という視点からICを再評価する可能性を展望している。これらの問題は上述の(2)の範疇に属す。 ICの根拠のひとつは、人格をたんなる手段にしてはならないとするカントの人間の尊厳概念にあるが、上述の①はまさにこの概念を扱った。ただし、①ではそれを、人間関係を相互の利益によって根拠づける社会契約論の発想にたいする批判の論拠として展開したから、この概念をたんにカント的である以上に(ヌスバウムにしたがえば徳倫理学的に、そして彼女とキテイとが共有しうるものとしてそれを主張した申請者の論理ではケア倫理的に)拡大する可能性を試みた。申請者はこの可能性をなお追求する。直前の段落に記した課題と併せて、それは(1)と(3)の範疇に属す。 すべての人間に平等に認められる人間の尊厳からは、誰が誰のためにどれほど寄与すべきかという人間同士を差異づける(分配的)正義にたいする回答は直接に導出できない。これは本研究がずっと取り組んできた問題だが、上述の展望は両者を近づけながらなお両者の違いを確認せざるをえない。「研究実績の概要」に記した(a)は分配的正義に関わるゆえにひきつづき今後の課題である。他方で、(b)(c)については2023年度に一応の達成をみた。次には(d)徳倫理学とケアの倫理の対比が課題である。
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