研究課題/領域番号 |
22K00352
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分02010:日本文学関連
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研究機関 | 中部大学 |
研究代表者 |
岡本 聡 中部大学, 人文学部, 教授 (90280081)
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研究分担者 |
末田 智樹 中部大学, 人文学部, 教授 (80387638)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2026-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2022年度)
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配分額 *注記 |
3,900千円 (直接経費: 3,000千円、間接経費: 900千円)
2025年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2024年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
2023年度: 910千円 (直接経費: 700千円、間接経費: 210千円)
2022年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
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キーワード | 和歌 / 誹諧 / 狂歌 / 伊勢商人 / 伊勢御師 / 芭蕉 / 越後屋 / 蔵書 / 書誌学 / 版本 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究では、伊勢商人の蔵書形成について伊勢商人の先駆けとも言える伊勢の御師の活動を背景に見て、伊勢暦の版木師達が貞享頃江戸へ出て出版書肆となった動向を捉えていこうとするものである。伊勢商人の先駆けともとらえる事が出来る御師と関わる版木師達と木綿問屋の江戸進出はほぼ同時期の事である。本研究では、この事を背景として考えながら、伊勢商人のネットワークや蔵書形成について考察していくものである。
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研究実績の概要 |
本年度の研究成果としては、研究代表者の岡本聡は、伊勢商人三井家のネットワーク研究の延長線上で、「芭蕉忍者説の周辺」(『忍者学大全』東京大学出版会、2023年2月)を発表した。この研究は、芭蕉が、伊勢国津藩の藤堂家の利害の為に、行動していたとするものである。芭蕉をめぐる人脈の中には、伊勢国松坂出身の商人である三井家が関わっていたという事からの興味の延長線上でこの問題を捉えている。芭蕉の最後の撰集である『炭俵』は野坡、孤屋、利牛といった、三井両替商の手代が関わっている。また、三井家と、藤堂家が姻戚関係にある事については以前、拙著『おくのほそ道と綱吉サロン』(おうふう、2014)において指摘した。また、研究代表者は、三十年来の研究会の成果である『挙白集評釈 和文篇』(和泉書院、2023年2月)で木下長嘯子の和文の評釈を発表した。これに掲載した「石水博物館蔵[狂歌書留]をめぐって」という論考では、伊勢商人川喜田家の蔵書である石水博物館にのみ存在する、木下長嘯子関連[狂歌書留]という資料が、伊勢や里村南家に関わっている資料であり、小林幸夫氏が『説話と誹諧連歌の室町―歌と雑談の伝承世界』(三弥井書店、2016年8月)で伊勢御師の「咄袋」として指摘した『かさぬぞうし』と重なっている狂歌咄も見られる事から、伊勢御師の「咄袋」を長嘯子周辺の人物が書き留めたものではないかと捉えている。研究分担者の末田智樹は、伊勢商人川喜田家の商業資料を調査し、「明治新政府の会計基立金募集による伊勢商人の応募額―石水博物館所蔵『川喜田家文書』の分析―」(『中部大学人文学部研究論集』第49号、pp.1-20、2023年1月)を発表している。また、「伊勢商人に関する先行研究の成果と展望」を第90回日本商業施設学会中部部会例会(愛知学院大学名城公園キャンパス、 2023年3月18日)で報告している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、前回の科学研究費で手がけた、伊勢商人川喜田家の蔵書の目録作成に関連して、アルバイトを頼んで、版元データを整理して入れてもらった。以前の目録の段階では、半分程度がデータベースの中には入れられているものの、まだ入っていないものもあった。しかし、「伊勢商人の蔵書形成に関する基礎的研究」と題した本研究においては、伊勢商人の蔵書の版元調査も重要になる。例えば、蔵書の中に『両大師利生記』(勢州津伊豫町、本屋長兵衛)や、『改悔文図説』(伊勢津宿屋町、篠田伊十郎)、『存心』(勢州津立町、大森伝右衛門)などは、川喜田家の地元である津で出版されたものであり、こういった書物は着目に価する。川喜田家では、自ら版木を作り、本を出版しているという事実もあり、そういった事実と、この地元津市の本屋で出版された本との関係は今後も考えていかなければならないものと考えている。また、今年度研究分担者 の末田智樹が見いだしたのは、世の中に二十四部しか刷られていない事が知られている『勇魚取絵詞』の版下と考えられるものが石水博物館には存在している事である。伊勢津藩の藤堂家と、平戸藩主松浦家とは、江戸における藩邸が隣接している。松浦静山が『甲子夜話』の中で、元禄期の藤堂髙久が、いかに舅である四代将軍の大老酒井忠清が自死した事を隠して遺体を荼毘に付したかという事が記されている事から、松浦家と関わりの深い本の版下が、伊勢津の商人である川喜田家に蔵されている事も何らかのつながりがあるものとも考えられる。研究分担者の末田智樹は、この『勇魚取絵詞』の調査の他、幕末維新期の川喜田久太夫家の商業経営に関する資料分析、長井嘉左衛門家の商業経営に関する調査研究、とくに同家の金融活動について美濃加納藩への貸上金(大名貸)の資料分析を行った。また、松坂の商人である、長谷川治郎兵衛家と小津清左衛門家についても調査研究を始めた。
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今後の研究の推進方策 |
今後の方向性としては、まず川喜田家の蔵書の版元調査を引き続き行うとともに、地元津市の版元や、松坂や伊勢などの版元にも目配りをしていきたい。また、石水博物館に所蔵する商業文書や、書簡類にも目を配り、蔵書形成の過程を捉えていきたい。また、伊勢商人の原型とも言える伊勢御師の活動にも着目して、そのネットワークの形成や、その後の伊勢商人のネットワークとの関係性についても考察していきたい。研究代表者は、伊勢御師の「咄袋」、すなわち、伊勢御師が、伊勢参宮に誘引する為の面白い咄が、伊勢暦や伊勢茶などの「おまけ」的なものと同様の役割を果たしていた事に着目している。この事と、中田心友などの「伊勢暦道の奥まで見られけり」と、陸奥まで伊勢暦を運んだ、中田心友などの談林誹諧のネットワークに関連性があるのかどうかについても今後調査していきたい。研究分担者は、引き続き津の商人である川喜田家、長井家の商業文書を調査していくとともに、松坂の商人である、長谷川家と小津家についても引き続き調査をしていくつもりである。
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