研究課題/領域番号 |
22K00540
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研究種目 |
基盤研究(C)
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配分区分 | 基金 |
応募区分 | 一般 |
審査区分 |
小区分02060:言語学関連
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
酒井 智宏 早稲田大学, 文学学術院, 教授 (00396839)
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研究期間 (年度) |
2022-04-01 – 2025-03-31
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研究課題ステータス |
交付 (2023年度)
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配分額 *注記 |
3,510千円 (直接経費: 2,700千円、間接経費: 810千円)
2024年度: 1,300千円 (直接経費: 1,000千円、間接経費: 300千円)
2023年度: 1,170千円 (直接経費: 900千円、間接経費: 270千円)
2022年度: 1,040千円 (直接経費: 800千円、間接経費: 240千円)
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キーワード | ステレオタイプ / 指標性 / 本質主義 / 物理的外在主義 / 社会的外在主義 / フレーゲの制約 / カテゴリー化 / 捉え方 / 外在主義 / 不完全理解 / プロトタイプ / 言語的分業 / 語用論的調整 / 多義 / 通時的変化 |
研究開始時の研究の概要 |
本研究の目的は、言語表現の意味(に関する知識)が外的環境に依存するとする意味論的外在主義と、言語表現の多義性が個人の心の中にネットワークの形で表象されるとする語用論的調整の考え方を統合することである。ごくわずかな例外を除き、哲学では外在主義が当然視され、逆に言語学では内在主義が当然視されてきた。本研究は、正反対に見える二つの立場がそれぞれの領域で当然視される理由・経緯をいかなる論点先取も犯すことなく追究し、「内在主義を出発点としない内在主義」と「外在主義を出発点としない外在主義」がそれぞれどこまで可能であるかを見定め、どの立場に立ったとしても有効な意味論を構築する。
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研究実績の概要 |
本年度の成果は大きく二つに分けられる。 1. 言語学者の間に見られる外在主義に関する誤解を指摘し、言語学にとって外在主義が無視しえない立場であることを示した。第一に、外在主義は言語理解に心的なものが関与しないという立場ではない。パトナムの言うステレオタイプは言語表現の外延を決定するために不十分であるものの、言語使用者の頭の中にある。第二に、外在主義は「水」のような自然種名が「私」のような指標詞の仲間であるとは考えない。「私」の指示対象は文脈に依存するが、「私」の言語的意味は文脈とは独立に定まっている。これに対して、外在主義が正しければ、「水」の言語的意味はこの語が導入された物理的環境に依存する。第三に、外在主義は必ずしも本質主義を含意するわけではない。クリプキは可能世界、固定指示、(形而上学的)必然性といった様相概念を用い、「水は本質的に(= すべての可能世界で、必然的に)H2Oである」と主張したが、パトナムの双子地球の思考実験が成立するためにそうした強い様相的主張は必要ない。第四に、外在主義は意味と思考の内容が物理的に心の外にあるという立場ではない。外在主義は意味と思考の内容が言語使用者/思考主体の外的環境を考慮に入れない限り決定されない(ことがある)という立場である。 2. 社会的外在主義とフレーゲの制約の両立可能性に関する研究に着手した。社会的外在主義は、共同体が所有する概念Cに関する不完全理解をもっている言語使用者SもCを所有しうると主張する。これに対してフレーゲの制約からは、SがCを含む言明に対して共同体と異なる態度をとるならば、SはCとは異なる概念をもつことが帰結する。両者ともにある表現Eに関する言語能力をもちつつその表現が表す概念Cに関する完全な能力をもたないことが可能であることを認めており、言語能力と概念能力の関係を考慮することで二つを両立させる道が開ける。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
社会的外在主義が前提とする不完全理解という概念とフレーゲ的内在主義との両立可能性に関する論考をヨーロッパ分析哲学会(2023年8月、ウィーン大学)で口頭発表した。物理的外在主義および社会的外在主義との関係を考慮に入れつつ一般名辞に関する言語能力の統一的な記述を試みる論考が2024年6月にシチリア島のメッシーナ大学で開催されるPragmasophia 4の口頭発表として採択された。並行して、外在主義と認知言語学との間の両立可能性に関する英語による単行本の刊行が決定し、現在校正中である。
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今後の研究の推進方策 |
1. 概念の共有がいかにして可能となるかを外在主義と認知言語学のいずれとも整合的な形で記述する。概念の共有は、捉え方の一致によってではなく、権利上の同一指示(coreference de jure)によって保証される。たとえば「明けの明星」と「宵の明星」は権利上の同一指示でないため、同一概念とはみなされない。他方、一般の言語使用者は言語表現に敬譲的捉え方(deferential construal)を結びつけており、それによって一般の言語使用者と専門家の「リウマチ」は捉え方の違いにもかかわらず同一概念を表すことになる。 2. 物理的外在主義の「「水」は1750年以前もH2Oを意味していた」という主張P自体は認知言語学(および現代の科学哲学)と相容れないものの、Pの成立過程を認知言語学的に説明することができることを論じる。「水」などの自然種名は近代化学の成立に伴って多義語化し、敬譲の対象となった。敬譲は未来にも向かう態度であり(「いずれ科学によって解明される」)、一部の哲学者たちが自身のこの態度を1750年以前の話者に投影し、かつ語用論的調整という無意識の操作により「水」を「H2O」に拡充することでPが成立した。
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